ILO駐日事務所メールマガジン・トピック解説 (2010年2月26日付第93号)

ILO駐日事務所メールマガジン・トピック解説
(2010年2月26日付第93号)
◆ ◇ ILO部門別活動局の活動の一例ー石油・ガス産業 ◇ ◆
◆ ◇ (ILO Sectoral Activities Department: Oil and Gas Industries) ◇ ◆
ILO本部 社会対話総局 部門別活動局(SECTOR)
石油・ガス・化学産業担当専門官 鎌倉泰彦
1.はじめに
高騰する原油価格を受けて世界の石油企業が未曾有の利益を計上していることは周知の事実だと思われます。
ちなみに、世界の民間石油企業トップ10社は、2008年に約30万人の従業員を世界レベルで雇用し、1,300兆米ドル
に近い利益を計上しています。世界トップ規模の石油サービス会社10社について
は、同年の総従業員数は約22万8,000人で、約8,000万米ドルの収益を計上しています(『Fortune
500』2009年5月4日号)。
世界的な経済危機は、石油産業にも不況の影響を与えつつあります。特に、石油精製部門は深刻です。この2月
には、フランスのトータル社の6石油精製所でストライキが行われました。このストライキは、ガソリン需要の低迷により昨
年9月以降閉鎖されているフランスのダンカーク製油所の雇用維持を求めてのものです(『Oilgram News』Vol. 88,
No. 36, 2010年2月22日号)。
日本の石油産業も世界的な不況の影響を受けています。日本石油連盟は今年初め日本でも余剰精製能力の
問題に留意して、大規模な精製所の閉鎖もあり得ると述べています。事態は最近深刻化しています。4月に経営統
合する新日本石油と新日鉱ホールディングスが2014年度までに日量60万バレルの削減を決定。コスモ石油も同8万
バレルの削減を発表するなど、これまでの一時的な需給調整から一歩踏み込み、設備の廃止や施設閉鎖などの抜
本的なリストラに向かっています。2月16日には、昭和シェル石油が、石油精製子会社の東亜石油の京浜製油所扇
町工場(川崎市)を閉鎖すると発表。国内の精製能力 の23%を削減する計画のようです。石油需要の減少に歯止め
がかからない状況を踏まえ、余剰精製能力の削減による徹底したコストダウンが急務と判断。約100人いる従業員の
雇用はグループ内の配置転換などで維持する方針と報道されています(労働政策研究・研修機構(JILPT)『メールマ
ガジン労働情報』No. 602, 2010年2月19日発行)。2月23日には、出光興産が今年3月の精製計画を昨年のレベ
ルより3%削減することを発表。これは冬場の暖房のガスまたは電気への切替が進んだためと、不況のため灯油・ガソリ
ンの消費が落ち込んでいるからと説明しています(『Oilgram News』Vol. 88, No. 38, 2010年2月24日号)。
このように深刻化する石油産業の状況に鑑み、ILOは石油産業の労働問題を討議し、対策を講じる部門別三者
構成会議を昨年5月に開催しました。今回は、同会議の報告と、同会議を組織したILOの部門別活動局の最近の
活動も併せて紹介させて頂きます。
2.ILO部門別活動局(SECTOR)
グローバルな経済危機へのILOの対応の具体的ビジョンとして、2009年6月のILO総会が「グローバル・ジョブズ・パク
ト(仕事に関する世界協定)」を採択したことは、本トピック解説2009年6月
30日付第85号でお知らせしましたが(下記リンク参照)、この文書では、世界経済の回復後の世界に公正な賃金と労
働基本権が確保される経済復興政策を取ることが強調されています。雇用が作り出される
のは、国レベルというより、業種レベル、企業レベルであり、経済危機の回復に部門別の具体的提案を行う部門として
部門別活動局(セクター)がILOの内外から注目を集めています。
社会対話総局内に置かれている部門別活動局は、ILO事務局の中でも最も歴史と由緒のある部署です。これま
で開催した部門別三者構成会議を通じて、日本の政労使に最も知られた部署の一つであるこ とに異論の余地はな
いでしょう。設置から半世紀を過ぎた今も部門別活動局がいまだ世界の注目を浴びる理由は、常に実産業労使と共
に時代を歩んで来たことにあります。これは部門別活動局が幾多の時代の変遷と共に変貌を遂げてきたことの賜物で
す。最も直近の変更は2007年3月のILO理事会において行われ、部門別活動局の現在の活動に関わる二つの重要
な変更がなされました。
まず、業種別のアドバイザリー・ボディー(諮問小会議)の常設化です。この委員会は、政労使の三者の代表で構
成され、ILO理事会(具体的には、部門別・技術的会議及び関連事項を討議する委員会ーCommittee on
Sectoral and Technical Meetings and 除elated Issues、略称STM)に提案する活動の骨子をILO事務局に
提案することが主要な役割です。関連産業の政労使代表との協議は以前より存在していましたが、これをSTM下部
の機構としたことに意義があります。さらに、各産業内の様々な特殊な問題を協議する新たな場として、従来の三者
構成部門別会議に比較して、開催期間を短縮、テーマを更に限定し、三者構成もしくは二者構成で開催する柔軟
性のある会議形態、即ち、グローバル・ダイアログ・フォーラム(GDF)の正式導入があります(2007年3月開催第298回
理事会資料GB.
298/STM/1。下記のILO理事会リンク先より入手可)。GDFは、2001年9月11日の同時多発テロ直後、民間航
空産業及び旅行産業の雇用への影響と対策を討議する緊急会議として試験的に導入されました。更に、グローバル
化した経済危機の対策会議として、部門別活動局は、ILOの他の部局に先駆けて、2009年2月には「金融危機が
金融部門労働者に及ぼす影響に関するGDF」を開催、メディア及び業界の注目を集めました。2010年に開催が予定
されているGDFには、3月29-30日に開かれる「部門別訓練及び雇用確保に関する戦術を討議するGDF」、9月2930日に予定される「教職員を対象とした職業訓練に関するGDF」、11月23-24日の「旅行産業における最近の動向・
挑戦及び人的開発・労使関係への影響に関するGDF」があります。これらの会議の会場はすべてジュネーブのILO本
部となります。なお、3月のGDFの結論は、ILOの意見書として4月に開催されるG20雇用・労働大臣会合に提案され
る予定です。
3.石油・ガス産業の輸削・お産及び 部門において社会対話と •な労使関係を 進するためのILO三者構成会議
標記会議は、2009年5月11-14日にジュネーブのILO本部で開催されました。ここでは会議の概要を以下に報告し
ます。
さて、4日の会期は、部門別活動局の最近の部門別三者構成会議の定番となりつつあります。会期を4日とする
大きい理由は経済効果ですが、結語または勧告等の会議の取りまとめの文書を作成するための事務局の作業に最
低3日を要し、これを採択するには更に1日を要するという内部事情もあります。
4日間の会期中、7回の本会議、8回のグループ別会議が開催されました。ILOは三者構成機関であるため、本会
議前に、政労使各グループのグループ会議を開催することとなっています。また、会議2
日目及び3日目の両日、会議終了後結語委員会を開催しました。結語委員会は、政労使同数の代表で構 成され
ます。各グループは、通常は3名から5名の代表を結語委員会に指名します。今回は、各グループが5名の代表を指名
しました。この代表に加えて、通常、労使のアドバイザーも結語委員会に参加します。アドバイザーは、ILOに関係の深
い国際組織の代表となっています。今回の会議には、労働側から、国際労働組合総連合(ITUC)、国際化学エネル
ギー鉱山一般労連(ICEM)の代表が参加、使用者側は、国際使用者連盟(IOE)の代表が参加しました。
(1)会議議事運営規定
本会議は、部門別三者構成会議であるため、会議の議事運営規定は、1995年11月の第264回ILO理事会が決
定した「部門別会議の全般的特質及び議事規則」が適用されました。同議事規則は策定から時 間が経過してお
り現状に当てはまらない条項があるものの、各部門別三者構成会議の構成・背景に応じて、柔軟に適用されていま
す(同議事規則は下記リンクよりダウンロードできます)。
(2)参加者
会議参加は計59名(政府代表17カ国29名、使用者代表18名、労働者代表12名)でした。ILO本部で開催され
る会議において、ILOが旅費・宿泊費を負担するのは基本的に労使正代表のみと規定されています。第300回ILO理
事会は、各12名の労使正代表の旅費・宿泊費を負担することを決定しましたが、会議の関心の高さか、使用者側か
らはそれを上回る自己負担での参加がありました。会議には、国連機関の代表に加え、経済協力開発機構(OECD)
の重要機関である国際エネルギー機関(IEA)の田中伸男事務局長のご出席を具申しましたが、代理として元米国エ
ネルギー省高官であるリチャード・ブラドレィIEA持続的エネルギー政策・技術総局長が出席され、世界の石油市場見
通しとリニューアル・エネルギーの展望について報告されました。
なお、1995年11月の第264回ILO理事会の決定により、1996年以降に開催された三者構成会議においては、各
国の三者構成(政労使)代表で編成される国別代表団の編成は廃止され、労使代表については、それぞれのグルー
プで自主的に正代表を指名することとなっています。また、参加する政府の選択については、かつてはILO理事会で決
められていましたが、現在は、理事会の推薦は必要なく、希望する国の代表が自費で出席出来ることとなっています。
(3)事務局の役割・会議背景
筆者は、標記三者構成部門別会議の事務局長を務めました。会議事務局長の役割には、会議の準備全般、
報告書の作成、会議の運営、結語案の作成等があります。2007年以前、部門別三者構成会議は、定 期的に各
産業をローティトしながら、一定の周期性に沿って開催されていましたが、このルールは原則的に廃止されています。前
回の石油・ガス産業の三者構成会議が開催された2002年の「石油・ガスお産・精製部門において健全な労使関係
を 推進する三者構成会議」以降、7年という時間が経過し、世界の石油・ガス企業に対する社会的責任等の要望
が高揚する中、2009年の会議は社会対話を主要議題とすることとなりました。
会議の開催・議題案は、前述の諮問小委員会を通じて政労使の代表との協議を経て、ILO理事会に提案され、
承認の後会議開催の運びとなります。本会議の開催は、2007年3月の第298回ILO理事会にて決定されました(GB.
298/12 (Rev.))。これを受け、議題案を討議する諮問小委員会が2007年10月に開催されました。その結果、1)会
議の焦点を石油産業に置くこと、及び、2)会議の討議を石油 産業における輸削・お産及び製油に限定することが
決められました。この背景には、労働側が、石油・ガス産業のお産現場から販売現場に至る全ての石油・ガス産業の
現場労働者の労使間の問題を包括すべきであると提案し、2007年の理事会でその旨決定されていたものの、使用
者側が、タンカーの船員、タ ンクローリー運転手、ガソリンスタンド等に働く正規・非正規の労働者の労使関係に関す
る問題まで展開すべきではなく、産業の中核となる部門に焦点を当てるべきであるとの主張を行ったことがあります。原
油価格が高騰する中、天然ガスの開発・増産が急務である等の政治的背景があるためか、国営石 油会社代表(政
府側)は、ガス産業の労働条件・労使関係に関する討議を避け、石油産業に焦点を当てるべきであると主張しました。
また、石油産出国(特に中東)における移民労働者問題など一般的な労 働・社会問題に及ぶ幅広い論議は避け、
石油産業固有の問題について討議すべきであるとの提案も受けました。諮問小委員会の提案を受け、2007年11月
の第300回ILO理事会が、三者構成会議の議題案及びILO本部の報告書の概要を決定しました(GB. 300/STM/1
及びGB. 300/16)。理事会の決定を受け、筆者は『石油産業における社会対話と労使関係』と題する会議討議資
料を作成しました。
(4)議 題
理事会の決定を受け、諮問小委員会との協議のもと、決定した議題案は次の通りです。
1.石油産業においてディーセントな仕事の創出、効率及び競争力の強化をどのように共存させるか?変化する雇用
形態に対し必要な社会的措置は何か?
2.石油産業において良好な労使関係を更に •にするための主要な要素(エレメント)は何か?
良好な労使関係を推進・維持するために、当該政労使が取るべき措置とは何か?
3.石油産業において下請け労働(契約雇用等)を使用するプラス効果とマイナス効果は何か? 労働者の基本的権
利及び安全衛生に関して、契約労働者の保護のためにどのような措置を講じるべきか?
4.石油産業において持続的な雇用を生み出す技能・資格とはどのようなものか? どのようにすれば石油産業を魅力
的な産業と成しえるか、また、特に女性労働者に対し、訓練とキャリア開発
(キャリアアップ)のためにどのような機会を作り出すべきか?
5.石油産業において、持続的な企業発展と同時にディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進するた
めに、社会対話(ソーシャル・ダイアログ)、 •なガバナンスの実践、自発的な活動(イニシアティブ)が果たすべき役割は何
か?
6.石油産業において、社会対話・ •な労使関係を推進するために、ILOは何をなすべきか?
(5)討議内容
会議は、ILO本部代表挨拶、会議事務局長のILO報告書の提案、政労使代表(各グループの議 長)の挨拶で開
幕しました。引き続く討論は、労使代表(主にスポークスパーソン)の冒頭発言に始まり、上記議題案に則して4日間
の討議が進められました。ILOの会議では通常、各グループの議長もしくはスポークスパーソンがグループを代表し発言
しますが、本会議では各代表が発言することに制限 は設けませんでした。続いて、議題別の討議の主要点を報告し
ます。
(6)ディーセントな仕事(ワーク)・効率性と競争力
ディーセント・ワークとは、現代の職業お活における人々の「切なる希望または懇望」のようなものです。ディーセント
な「労働」を現在の困難な経済下で享受している人の数は明らかに減少しています。ディーセント・ワークは、お産的で
公正な所得をもたらす仕事の機会、職場における保障と家族に 対する社会的保障、個人としての能力開発と社会
的統合へのより良い展望、人々が不安や心配を表現する自由、自分たちのお活に影響を及ぼす決定に団結して参
加すること、すべての男女に対する機会と待遇の平等を意味しています。国際化した経済危機が石油産業の雇用に
与える影響が報告されていた折、討論は、長期化するであろう世界的な経済危機の中で、石油産業がディーセント
な「雇用」をいかに維持できるかという点に集中しました。
労働側の主張は、ディーセントな「雇用」の本質とは、雇用維持であり、かつ安全な労働であるというものでした。こ
れに対し、民間石油会社の代表(使用者代表)は、「民間の石油会社は労働者に長期的に安定した雇用を提供で
きるような経済・財務状況にはないのが現状だ」と主張しました。「長期的に安定した雇用とは今の労働市場では多く
の人が手にすることができない『贅沢品』のようなものである」と労働側に猛反発。つまり、「石油産業の賃金は高水準
にあり、労働条件もお産現場において長時間労働と安全衛生の問題はあるものの、比較的 •である。原油価格の見
通しが甚だ見極めにくい状況下では、民間石油会社が、お産的でフレックスな雇用形態の活用をビジネスのモデルと
して選択できるような環境が整備されるべきである。さらに民間石油企業は、固定的かつ長期的な下請け労働者の
使用を求めているのではなく、下請け労働者の使用は、各企業のビジネスの状況に委ねられるものであり、国際的に
画一的に決定することは石油産業の健全なビジネスの発展を阻害しかねない」との懸念が表明されました。
国営石油会社代表(政府代表)は、民間石油企業とは少し異なる観点から発言しました。第1に、国営石油会社
の代表の多くが自国の石油産業の雇用に影響が出ていないことを指摘しました。「国営石油会社の多くが開発事業
の多くを外部の専門サービス(民間)企業に依存しており、この部分の雇用(特に外国人労働者)には影響が出ている
ものの、自国民の雇用は守られている」(フィリピン政府代表) との主張、第2に、「国営石油会社の労働者の雇用は
既にディーセントであり、仕事における基本的労働権の保障、社会保障の充実、社会対話等が存在する •な職場で
ある」との主張がありました。しかし、一方で国営石油会社数社の代表が、周辺の労働者、特に下請け労働者の雇
用の安定・労働条件の改 善が必要とされることを指摘しました(ナイジェリア政府代表)。「下請け企業・労働者、及
び不当な低賃金での労働者の長期的雇用は、国内の石油産業の全般的労働条件の劣悪化につながる可能性も
あ り、国際的には不公正な国際競争を助長する恐れが大きく、劣悪な労働条件下の下請け労働の長期的な
使用に反対」との発言が主流を占めました(メキシコ政府代表、アルジェリア政府代表等)。
(7)良好な労使関係
石油産業において •な労使関係を形成するには、特に以下の2点が重要であると発言されました。第1点は、石油
産業の労使関係に関する国内労働法典の制定・施行の重要性、第2点は石油産業における健全な労働組合の育
成・擁護の必要性です。
国内労働法典の制定・施行の重要性は、多数の政府代表が強調しました。会議は、さながら、各国政府代表に
よる各国の国内労働法典の制定・施行のベスト・プラクティスの報告会となりました。フィリピン政府代表の、「 •な労使
関係の要素(エレメント)とは、1)強力かつ健全な労働組合、2)労働諸条件、労働者、使用者及び労使の代表組
織の役割を厳格に規定する労働法典の制定、3)教育水準 が高く、有能な労働者を育成することで労使の責任共
有を図ること、4)国家の基幹産業部門としての石油産業のあるべき姿について責任を持って協議できる労使の関係、
5)外国人労働者の労働基本権の確保、及び、6)労働者の利益を推進するための団体協約の必要性である」との
前向きな発言に引き続き、同様の趣旨の政府代表の報告がなされました。主な報告には、「石油産業において労働
諸条件を決定する団体交渉の役割と、 •な労使関係を形成・維持するために政労使の役割を労働法典で明確化し
たことで健全な労使関係の育成に成功した」(アルジェリア政府代表)、「石油産業において契約労働者に関する明
確な労働契約法の欠如がしばしば労使関係上の多くの問題の要因となっている」(ナイジェリア政府代表)、「石油産
業は一般の業種に適用される労働法の適用除外であることが、下請け労働者と石油会社との健全な労使関係の
育成の阻害要因となっている」(チャド政府代表)、「健全な労使関係の確立が安全衛生の向上にもつながること、そ
のため安全運行上必要とされる情報を労使で事前に共有する必要があり、これを現場で行うに当たり法律の拘束力
が非常に役に立つ」(ノルウェー政府代表)等が挙げられます。政府グループの発言の最後に、コートジボアール政府代
表が、「 •な労使関係の根幹は、団結権、団体交渉権に関するILO条約第87号及び第98号の批准・遵守であり、
石油産業はこれらの条約を含めたILOの中核的条約を尊重すべきである」との取りまとめの発言を行いまし た。政府
代表の発言を受け、使用者側スポークスパーソンは、石油産業において健全な労使間の確立のために適切な労働
法典の制定が必要であると発言しました。さらに、自国(オーストラリア)において労働法典が2007年以降改正されてい
ることを指摘し、政府側に賛同する発言を行いました。
第2点の健全な労働組合と •な労使関係の確立に関しては、労働側スポークスパーソンが、「健全な労使関係の
形成には労働組合が最大のパートナーでなければならないが、石油産業において労働組合組織率が全般的に低下
しており、また、中東、旧ソ連圏やその他の多くの地域において、職場の労使関係を決定するに労働組合の参加を望
ましくないとする風潮が蔓延している」ことに懸念を表明しました。これを受け、労働組合代表から、労働組合と企業
は車の両輪的発言が多々ありました。若干の例をあげれば、「労働組合は国営石油企業のパートナーである」(アルジ
ェリア労働組合代表)、「組合労働運動は使用者の活動に対応する形で発展してきた」(メキシコ労働組合代表)な
どですが、その一方、複数労働組合制に政府が対応することの苦労に関する発言や、健全な労働運動の発展を希
望する発 言(コートジボアール政府代表)がありました。
(8)下請け労働者
会議では、石油産業における下請け企業・労働者の広範な使用状況の現状と、それに伴い、オペレーター(主に大
手石油会社)に課せられる責任と下請け企業が従うべき仕事上の義務に関する討議が行われました。仕事を外注
(アウトソース)することにより、低賃金、労働条件の劣悪化、労働組合の不在及び労使協議の不在のため労働者に
よる労働時間管理への決定参画が困難となること、そして、不安全な職場労働を助長するなどといったことが、石油
産業においては起こってはいけないという点については全会合意を得ました。ただし、石油産業において、下請け(コント
ラクター)を具体的にどの範囲まで包括するのかに関する具体的合意には至りませんでした。この点については、2002
年に開催した「石油・ガスお産・精製部門において健全な労使関係を 進する三者構成会議」においても決定できず、
本会議での大方の意見は、民間職業仲介事業所に関するILO第181号条約を模範とし、各国の国内法に基づき
解釈すべきだというものでした。
安全衛生の取り組みを怠り、下請け労働者にも正規労働者同様に安全衛生の取り組みを徹底しなければ大災
害につながる危険性があり、さらに、労働者に健康上の悪影響をもたらす可能性があることが多数指摘されました。
例えば、「石油産業における短期労働者雇用の容認を使用者は希望するものの、非正規労働者であるという理由
だけで安全衛生の処遇・取り扱いで差別を許すというのではなく、当該政府またはオペレーターが下請け労働者に安
全衛生に関する法律について指導するよう要請する」との使用者の発言(使用者代表スポークスパーソン)、「メキシコ
のコンペッチェ海域の輸削作業でILOの労働基準が無視され、下請け労働者を含む石油労働者が不安全な労働条
件で働かされている」(メキシコ労働組合代表)、「正規労働者と下請け労働者に安全衛生上同等の権利と必要な
情報が与えられなければ1988年に起きたイギリス北海のパイパー・アルファーの事故のような重大人災事故が繰り返さ
れかねない、過去の重大災害から安全操業に何が必要かを学ばなければならない」(イギリス労働組合代表)等の発
言がありました。
(9)技能・資格
会議では、石油産業において技能労働者が潜在的に不足している点に異を唱える発言はありませんでした。留意
すべき点は4点あると思われます。
第1点として、技能訓練については、短期的な支出と捉えるのではなく、長期的投資と見ることの重要性が強調さ
れました。第2点は、石油産業における新規外部労働力採用の奨励です。会議では、石油産業を魅力ある産業とし
て新規労働者を誘致する必要があることに鑑み、その方策として女性労働者の雇用機会の増加と女性の雇用拡大
が重要である点で合意が達成されました。例えば、「ノルウェーでは技術系大学で女性学お数が増加しているが、石
油産業に自発的に就職しようという傾向は見られない」
(ノルウェー労働組合代表)、「技術系大学・大学院に進学する学お数を増大し、教育の底辺を拡大することで、優
秀な学生を石油産業に勧誘している」(アルジェリア政府代表)、「そのためには、安全で •な労働条件を提供し、働き
やすい職場とするよう石油産業が常時努力しなければならない」(政府側スポークスパーソン)といった発言が見られま
した。
第3点は、既存の石油労働者の技能・資格の向上策を継続・長期的に講じる必要性で、例えば、「石油労働者
の賃金の10%を訓練・再訓練に充てて現役労働者の技能・資格向上を図っている」(アルジェリア政府代表)、「内部・
外部の訓練設備の有効な活用を図っている」(政府側スポークスパーソン) などがあげられます。第4点は、政府指導
により、政労使が協力して、国レベルの科学・数学教育の向上に取り組むことです。これにより、「石油産業のみならず、
全ての産業・サービスに包括的に優れた人材を提供できる」(マレーシア政府代表)、「教育・訓練・再訓練に政府が
十分な予算を確保しなければならない」(チャド政府代表)、更には、「先進国は石油を産出する途上国の労働者の
職業訓練に国際支援・協力すべきである」(オーストラリア労働組合代表)という意見も出ました。
(10)社会対話(ソーシャル・ダイアログ)・ガバナンス・企業の社会的責任(CSR)
会議では、社会対話が石油産業の様々な問題解決の助けとなる点について多くの賛同発言を得ました。社会対
話に関する発言には、「社会対話が持続的企業の発展の基礎である」(シンガポール労働組合代表)、「社会対話が
企業経営の危機を救った」(アルジェリア労働組合代表)、「社会対話が成功例をもたらせるのはコンセンサスに基づく
からである」(アルジェリア経営者代表)、「石油産業において社会対話が政労使間で信用と信頼を構築した」(アルジェ
リア労働組合代表)というものから、「社会対話は石油産業の様々な社会的問題及び労使間の問題に有効に対処
できる」(マレーシア政府代表)、更には、「社会対話は様々な問題に対応可能であるが、北海の安全衛生改善の活
動においては北欧型の社会対話が有効に機能している」(ノルウェー政府代表)という報告もありました。
様々な政治・外交上の困難な問題、民族の対立、抗争などを包括するガバナンスに関する討議はあまり活発には
行われませんでした。その中で唯一、政府側スポークスパーソンが、「望まれるガバナンスは、意思決定と報告のトラン
スパランシー(透明性)にある」とし、ガバナンスを推進するものとしてCSRの価値を高く評価しました。「CSRは当該企業
の利益ともなるが、その目的は地域社会の労働 者の福祉向上への貢献であり、CSRが実践される場合には、労働
者及び地域社会の利益となるように配慮されなければならない。さらに、政府の役割は、ベスト・プラクティスに関する
情報を収集し、広く配布することを通じて、労働組合を含めた多くのステークホルダーへ的確な情報提供を行う等、
様々 な活動を通じ、包括的により良い環境(土俵)を作り上げることにある」と発言しました。
なお、ILOの会議において、CSRが企業にとって義務なのか、あるいは自発的なイニシアティブであるのかという論議が
度々行われています。本会議においてもこの議論が再発しました。労働側は、CSRとして既に定着している企業に求
められる活動や事柄に加え、新たに要請される活動や事柄についても企業が厳守しなければならないと主張しました。
しかし、使用者側は、企業にとってCSRとして全ての活動が強制化されるという主張は一方的であると反発しました。
その上で、CSRとして、多くの活動や事柄を石油企業が守ることを期待されているのは事実であり、これは認めるものの、
その一 方で、求められる活動や事柄のリストが日々増加しており、企業にとって非常な負担となっていることを指摘し
ました。社会対話が、職場の問題について討議することは重要であるが、使用者側としては今日そして明日CSRとさ
れることがすべて義務化されることには同意できず、義務として守らなければならない活動や事柄の増加を単純には受
け入れられないと発言しました。法律等で、最低限必要とされる事柄以外については、各企業の自発性決定に委ね
るべきであるとの主張がありました(使用者側スポークスパーソン)。
* **
以上が会議の概要になります。会議の結語の全文仮訳をここに掲載します(下記リンク)。結語の起草を行うのは
事務局長ですが、政労使の同数の代表で構成される結語委員会の討議を通じて修正し、最終案が取りまとめられ
ます。ILOでは、政労使のコンセンサスに基づいて意思決定されるため、採択された結語は、会議に出席した政労使
代表のコンセンサスに基づく合意文書であることにご留意頂きたいと思います。なお、会議の討論報告書・結語の英
文原本は下記リンク先より入手できます。
4.終わりに
ILOでは今後、結語に含まれる「ILOの将来の活動」に沿って具体的な活動を実施していきま す。皆さんの貴重な
税金から支払われるILOへの拠出金(日本はILOの総予算の約17%を拠出する米国に次ぐ第2の拠出国)を有効活用
させて頂くため、比較的弱い立場にある方々のためになれることに重点に置いて会議のフォローアップ活動を進めていき
ます。
まず、契約労働者の労働諸条件の問題に着目し、その労働条件の調査を行いました。この結果は今後のILOの
活動に反映されます。その他、石油・天然ガス産油国の労使関係調査も行っています。ま た、石油業界の明日を担
う若い方々の技能水準を高め、同時に、女性の方々にとって働きやすい職場と なるよう、石油・天然ガス業界を誰に
とっても魅力ある産業にすることを目指して国際的な勧告の作成に向けて活動していきます。この分野でのILOの活動
は、石油・天然ガスのお産国に重点を置いて実施しています。
ご存知のように、日本の石油の 入依存度は99.6%(2008年)ですが、年間売上高は28兆円を超え、石油精製・元
売業界で働く人たちは2万人を上回り、日本の石油産業は、国内外において最も重要な基幹産業であることは言う
までもありません。このような重要産業で働く労使の方々はもとより、日本の政府関係者の皆様にも、ILOの石油・ガス
産業の活動、並びにILOの世界規模の活動全般にわたって今後ともご参画頂ければと思います。