論 説 性能設計に関するメモ 中 島 賢二郎 #性能規定化の背後にある理念 1.仕様基準と性能基準 !本文の背景 性能規定化の背後には、次のような重要な基本理念 本文を執筆するにいたった背景は、次のとおりです。 まず、わが国は、WTO および関連する協定に加盟 していることから、以下のようなことを国際的に約束 しています。 が存在しています。 情報の開示、説明責任、自己責任 これらの理念の実現には、リスクの存在を認め、リ スクに関わる情報を共有し、リスクが発生した理由を 1)政府発注に当たり、仕様ではなく性能で行うこ と。 説明する責任を認識し、各自の行動の結果について、 おのおのの責任に応じてリスクを受忍する、そのよう 2)国内の強制規格は国際規格に対応すること。 な生活スタイルが必要となります。 ここで、国際規格とは、ディファクト・スタ このためには、1)リスクを低減するための努力を ンダードとしての ISO 規格が該当し、同規格 する、2)リスクを保険等に転嫁する、3)リスクを は、信頼性設計法を推奨し、仕様基準から性能 受忍する、等の対応が可能な状況を作り出さなけれ (1) 基準への移行を促しています。 このように、仕様基準から性能基準への移行が必須 であることから、性能基準に関して種々調査を行った ば、真の意味での性能規定化は困難だろうと思われま す。特にリスクを保険に転嫁する体制の確立が急がれ ます。 ところ、性能設計に関する問題は独り技術基準にかか 例えば、リスクの存在を前提にしている例として わる問題に留まらず、水利システムのライフサイク は、交通事故に関して、その存在を認め保険制度が確 ル・コストや入札・発注等にかかわる大きな問題であ 立していることがあげられます。 ることが判明しました。このため、本文は性能設計に さらに、航空機事故に関しては、事故に対する保険 関して当面対応すべき問題をメモの形に取りまとめた 制度が確立している上に、航空機には、航空機事故を ものです。 前提として、フライトレコーダやボイスレコーダを搭 載して事故原因の解明に役立てています。これは、リ "機能と性能 本文中にたびたび用いている、機能と性能とについ て以下のように定義します。 スクを低減する努力そのものといえます。 一方、医療や公共土木事業に関しては、医師や国の 無謬性が虚構として存在しています。そのため、医療 機能とは、果たすべき役割(function)を指す。 ミスの存在を医師・患者双方が認めることができませ 性能とは、遂行能力(performance)を指す。 ん。公共事業に失敗は存在しないこととなっていま 機能は、性能の上位概念で仕様の対立概念です。さ す。このため医療ミスや公共事業の失敗は正しい処理 らに、ある性能は、下位の性能の機能となり得ます。 を不能としています。またそれら事故を減少させるた また目標機能・要求性能というように用います。 めの努力を払うこと自体を不可能としています。 Nakajima Kenjirou;財団法人日本農業土木総合研究所専門研究員 3 "土地改良事業の特性と他種事業の動き 土地改良事業は、永く補助事業として実施されてき 確率)を選択できるなどです。また高度な技術による 自由な発想が可能という特性があります。 たことと、計画と設計の担当部局が分かれていたこと 今後必要な作業としては、設計と照査の分離、要求 等の背景から、土地改良に関わる計画・設計基準は、 性能に対応する照査方法・規定の確立、計画基準と設 訓令―通達系で構成されており、さらに計画基準と設 計基準の統合などがあります。 計基準とが乖離しています。 このため、性能規定化には、少なくとも形式上の透 %積算・発注・検査体系への影響 明性と一般性とを確保するために、法−政省令−告示 現行積算体系は、標準歩掛、すなわち固定された手 系への移行と、また性能規定化は計画論を除いてはあ 段を前提として、要求性能に関わらず仕様で積算して り得ないことから、計画基準と設計基準の統合とが必 います。現行発注体系は、本来性能で発注するべきも 要です。 のまで仕様で発注しています。現行検査体系は、手段 一方、他種事業においては、基準類の法−政省令− 告示系への移行が、従前から実施されているととも の検査であり、要求性能の達成度は検査していませ ん。 に、さらにその整備が進んでいます。また性能規定化 このように、現行の積算・発注・検査体系は、性能 の作業も進行しています。例えば、港湾の施設の技術 設計が期待する、機能の明確化と要求性能の達成とを 上の基準は、告示を整備するとともに照査法に不十分 保証するものとなっていないため、性能設計に対応す さを残すものの、性能規定化が完了しています。また るものに変化することが求められます。 舗装の構造に関する技術基準・舗装設計施工指針と防 護柵の設置基準とが、最近、性能規定化され公表され 2.仕様発注と性能発注 ています。 !仕様発注 前述したように仕様基準は、過去の経験に基づく手 #仕様基準の特性 法・手段を守れば、目的を達成できると考えていま 仕様基準とは、過去の成功事例や経験を分析し、用 す。このため仕様に基づく仕様発注における契約方法 いられた手段や道筋が正しければ、同じ結果を得られ では、発注者は、実施手段を規定するものです。この ると考え、手段や道筋(方法) を指定することにより、 指定された方法に基づき実施された結果については、 目的の達成や、安全を確保するものです。手段や道筋 発注者が責任を負います。一般的に実施されている契 (方法)が正しければ、目的が達成されるものと考え 約方法である請負契約では、その業務を完成させるた るため、結果の検証は義務付けられません。 めのリスクで特段の定めのないものについては、受注 このためその特性は、手段の拘束、新技術・新工法 者が負うものです。また受注者は、一般的な手段に基 への対応困難、機能・安全度(破壊確率)を規定しな づく結果で、受注者に大きな手落ちがないものに対し いなどです。またマニュアル化が可能で、実施形態が ては、原則的には瑕疵責任を負う必要がありません。 中央集権的になりやすい特性があります。 しかし我が国においては、いささか発注者の立場が強 い片務契約に近く、受注者は結果責任に対して完全に $性能基準の特性 は免責されていません。 性能基準とは、達成しようとする目的を明確にし、 一方、完成検査は仕様で示された手段や形状に基づ 必要な機能を確保するための種々の性能(要求性能) き行なわれ、機能や達成するべき性能については、検 を明記するものです。要求性能を満たす手段は問わな 査できません。 いが、要求性能を満たしていることを証明するか、検 証を受ける必要があります。 発注者は、仕様書の記述において、標準仕様書にな らい目的達成の手段を示しますが、その目的を明示し このためその特性は、目標機能と要求性能を明示、 ないため、その記述の目的とする機能や性能を十分に 新技術・新工法への対応が可能、機能・安全度(破壊 は理解できていません。受注者もまた達成するべき性 4 能を知ることができません。 れらの実績価格の積み上げを行うことにより、将 来に備えることとなるでしょう。 "性能発注 5)性能の担保手法の開発 性能基準は、要求機能の明確化と要求性能の明示に 民法上は、施設機械類について1年、土木構造 より、目的を達成しようとするものですから、要求性 物等については、1 0年の瑕疵担保期間を定めてい 能に基づく性能発注における契約方法では、発注者 ます(6 3 8条1項) 。また債権の時効は最大1 0年と は、受注希望者に要求性能を示します。発注者は、要 定められています(1 6 7条1項) 。しかし、実際の 求性能に対応して提出された提案性能を照査し、必要 請負契約書では瑕疵担保期間が2年以内と定めら に応じて品質保証の担保条件を付します。価格につい れています。一方この瑕疵担保責任について、発 ては、原則として受注希望者の見積もりを重視しなが 注者の指示に従ったために生じた瑕疵について ら審査します。暫定的には、 設計のみ性能設計として、 は、受注者は免責されています。このことは、仕 施工は仕様発注とする等の混合方式があり得ます。 様発注では、機能や要求性能に関わる瑕疵を発注 今後必要な体制と作業は以下のとおりです。 者が主張することはかなり困難であることを示し 1)性能照査手法の開発 ています。 性能設計の手法の開発と並行して、要求性能を また、性能発注の場合において、契約自由の原 達成していることを照査する手法とそれを可能と 則に従った当事者間の合意であっても、民法の規 する技術の開発が必要です。 定を越えて長期にわたり要求性能の保証を求める 2)性能照査機関の樹立 発注者に代わり要求性能を達成していることを ことができるのかが問題点となるでしょう (6 3 9 条) 。 照査し認証する機関が必要となります。この機関 さらに公契約において、性能発注においては、 は、場合によっては試験機器を備えることが望ま 機能の発現の確認をもって契約の完了と考えるべ れます。この機関は、必ずしも公的機関である必 きであるにもかかわらず、工事完了時にいわば性 要がありません。なぜなら誰が照査したかではな 能の保証部分に対しても支払いを完了せざるを得 く、どのような手法や基準で照査したかに意味が ない問題があります。 あるからです。これは企業の会計監査会社に相当 これに対しては、受注者に性能保証に要する不 するものと考えることができます。性能照査機関 確定な費用について、保険をかけることを義務付 が備えるべき機能は法で規定することが望まれま けることにより支払いを完了する方法を検討する す。 べきと考えます。 3)設計・工事にかかる保険体制 一方、現実問題として機能や要求性能を長期に 前述したように、性能設計がリスクの存在を前 わたり保証するためには、耐久性に関する促進試 提にしている限り、設計手法や工事方法にかかわ 験の技術や耐久性を保証する試験法を開発する必 るリスクを何らかの方法で他に転嫁する手段を必 要性が大きいと考えます。 要としています。その一つとして、保険制度の整 備が望まれます。 4)標準価格の実績の蓄積 3.更新事業と管理 !土地改良事業の特徴 現行の積算体系は、要求性能に応じた歩掛と 土地改良事業は経済効果を測定するために、投資計 なっておらず、性能規定に対応した積算は困難で 算を行うこととしています。その手法は次のような変 す。このため要求性能に対応した積算体系が確立 遷を経ていますが、基本的には、投下資本のうち減価 するまでの間は、受注希望者の提出する見積もり (2) 分は、減価償却費として回収しています。 内訳書を審査し、明らかな不都合を除外した後の 1)妥当投資額= (年収入−年経費)/(利子率+減 競争落札価格を採用することとなるでしょう。こ 価償却率+固定資産税率) 5 (昭和2 8年アロケーション問題協議会申し合わせ) 金を取り崩して、更新投資を行うことを前提にしてい 2)妥当投資額= (年増加生産額−経営費増分+施設 ると考えることができます。言い換えれば、農業経営 の運転管理費節減額)/年賦金率 の連続性を想定しているといえます。 年賦金率=資本還元率=(i+1/n) 以上のことは、実体はさておき、土地改良投資にお i=0. 0 6 n=計画事業施設の総合耐 いては、資本の減価分は減価償却費で補うこととして 用年数 おり、投下資本の滅却は考えていません。 (昭和2 8年土地改良事業計画効果測定法) 一方、道路事業等の公共事業においては、投下資本 3)妥当投資額= (年増加生産純益額+営農労力節減 を回収するという考えにはありません。道路事業の費 額+維持管理費節減額+走行費用節 用便益計算においては、現在価値への割引計算は行う 減額)/(利子率+1/総合耐用年数) ! ものの、減価償却に関する説明はなされていません。 (昭和4 0年土地改良事業計画効果測定法) これは、道路事業等の公共事業は、投下資本すなわち 4)資本還元率=(利子率+1/総合耐用年数) 税金の投下が産み出す便益が国民の福祉に直接寄与す =(i+1/n) ることを目的としており、投下資本を回収する必要性 (昭和4 1年以前の算定法:単利計算) n n を有しないからでしょう。このため、道路等の公共事 業における費用便益計算結果は、極端にいえば、事業 5)資本還元率=i(1+i)/( (1+i)−1) (昭和4 2年以降:複利計算) の優先度の指標に過ぎないことになります。また投下 注;資本還元率計算式のうち、昭和4 1年以前の「i」 資本の減価は、税金の新たな投入でまかなわれるべき と昭和4 2年以降の「i」とは、内容が異なります。 ものであり、耐用年数経過後は、投下資本は滅却する 前者は、単利計算の利子率であるのに対して、後 ため、新たな公共事業として税金が投入されることを 者は、複利計算の割引率であり、市場利子とは異 当然としています。 なるものです。また昭和4 2年には単に単利計算か さらに、投資効果を判定するものに、ライフサイク ら複利計算への移行がなされただけで、それまで ル・コストがあります。一般に公共事業においては、 の経緯からも、後者には、減価償却率が含まれて これを初期投資額に維持管理費を加えて算出していま いると理解できます。なお昭和4 1年以前のものに す。しかし土地改良投資においては、上記のように減 ついても正しくは利子率ではなく、資本コストと 価償却引当により資本を回収する前提に立っているこ 表現すべきであっただろうと思われます。 とから、ライフサイクル・コストの算定において、初 期投資額の増減と、施設の機能変化に伴う便益の増減 上記1)〜3)式の両辺に右辺の分母をかけると、 分や維持管理費の増減分等を含んだリスク額の増減と 左辺は、単年当たりの「現在価値+減価償却費」とな を比較するべきものと考えられます。さらに資本コス り、右辺は単年当たりの便益となります。 この意味は、 トの割引率を考慮する必要があり、土地改良投資に適 資本の投資により得られる便益から資本の減価分を差 したライフサイクル・コスト計算手法の開発が必要で し引いたものが、現在価値(将来のキャッシュフロー す。 を資本コストで割り引いたもの)を上回っているこ と、すなわち、毎年の便益で毎年の減価償却分をまか なっていることを、投資の前提にしていることがわか !土地改良施設の更新と土地改良法 現在土地改良事業は、二期事業が主流を占めようと しています。この二期事業のうち、更新事業は、水利 ります。 また、総合耐用年数の算定は、耐用年数の尽きた施 (2) 設は順次取り替えることを前提に計算しています。 システムの機能低下が事業実施の動機となっているは ずです。現実には、 水利システム全体が機能不全に陥っ 以上のことから、土地改良事業においては、総合耐 た状態で更新事業が計画される訳ではありません。土 用年数内に耐用年数の尽きたものは、順次取り替える 地改良事業の同意手続き等の煩雑さを回避するため こととし、また総合耐用年数経過後は、減価償却引当 に、必ずしも機能が低下していない施設や構造物につ 6 いても、一括して更新事業に取り込まれることが多く ケース・スタディ(事例研究)の実施が欠かせないと あります。これは望ましいこととは言えないでしょ 考えられます。 う。このような状況は、次のような背景があるためと 考えられます。 4.水利システムの機能低下 第一に、土地改良法には、新設、管理、変更、廃止 前で述べたように、土地改良施設の更新が水利シス の定義があるが、更新の定義がされていないことがあ テムの機能低下によるものとすれば、水利システムの ります。一部施設更新事業について同意徴収手続きの 機能を明らかにするとともに、機能の低下がどのよう 簡素化の規定(4 8条第5項)が存在しますが、その実 な要求性能の不足から生じ、実際に農家の水準ではど 体は、補修事業であり、取り替え更新の規定ではあり のような現象として現れるのかを解明し、また要求性 ません。 能の達成度を照査する手法を具体的に開発することが 第二に、水利システムの機能とは何かについて、ま たその機能がどこまで低下したら、または機能低下に 緊急の課題です。このために具体的な地区について ケース・スタディを実施することが望まれます。 伴う現象がどのような状況に達した時に水利システム の機能不全と判断するかについて合意が形成されてい ないことがあります。 第一については、土地改良施設の各構造物や施設毎 !水利システムの機能の分析 水利システムの機能を整理すると以下のようになる (4) でしょう。 の機能低下に対応して、土地改良施設の管理の一環と 1)水利システムは、用水系統、排水系統、管理制 して適時適切に施設を更新していくことが、国民経済 御システムから構成され、さらに用水系統は、 的に望ましいという合意形成が必要でしょう。 水源施設、用水路組織、調整施設から構成され 例えば、河川法の規定においては、第2章「河川の 管理」の中に第2節「河川工事等」が含まれています。 河川法と土地改良法の性格が異なるとしても、土地改 ていると考える。 2)水源施設の機能は、潅漑に必要な用水を用水路 組織に供給することである。 良法が農業経営の連続性を想定していることや、特に 3)用水路組織の機能は、潅漑に必要な用水を、単 国営事業については、基幹水利施設について国が水利 位水量および総水量、水温、水質、水位または 権と併せて所有権を主張していること等を考えあわせ 水圧を確保して、所要の位置に必要な時期に、 れば、国が基幹水利施設について円滑な施設更新に関 安全・確実にかつ安定して流送・配分すること 与するべき責任が大きいと考えられます。 である。 第二については、次節で述べます。 4)調整施設の機能は、水源における取水流量誤差 の吸収、用水の需給発生時期の時間差の吸収、 "更新と水利システムの機能 水利システムの機能低下とは、実際にどのような現 象で受益農家に作用してくるのかが明らかでありませ 需要変動の自由度増大、誤作動による流量変動 の吸収、事故に対する余裕の確保、水量損失の 防止である。 ん。農家は、水利システムの不都合を、 「水不足」と して表現することが多くあります。一般に、この「水 このようにして、水利システムの構成要素の機能を 不足」には、次のようなものが含まれることが多く、 明らかにしていく作業は、現行計画・設計基準の性能 詳細な分析が必要です。単位水量の不足、総水量の不 規定化の作業に他なりません。この性能規定化の作業 足、到達時間による遅れ、管水路の場合の水圧不足、 は、機能を達成するための要求性能の記述と性能の照 水質の悪化、これらが農家には「水不足」 と映ります。 査規定およびその手法の開発とに引き継がれます。 またこれらの不都合がどのような要因で生じているの さらに、水利システム全体の機能を明らかにしてい かの分析なしに、水利システムの機能低下を解消する くことにより、水利システム全体の要求性能が解明さ ことは不可能です。このためには、具体的な地区での れます。この水利システム全体の要求性能は、当該水 7 利システムの類型(例えば、頭首工−開水路系、ポン の他の要因が影響し、その証明は困難です。 プ−パイプライン系、ダム−開水路・管水路混合系 このように、性能を照査する基準や手法はその多く 等)や地域特性により大きく異なってくることは明ら が未開発であり、早急に開発する必要があります。特 かです。 に水利システムに関わる要求性能とその照査法とにつ このため、いくつかの水利システムの類型について いては、農業水利の分野が積極的に研究・開発する責 調査を積み重ねていく必要があります。 務があります。 "機能と要求性能 $施設安全度の算定 用水の水利システムが正常に働くためには、管理制 水利システムが有効に作動している状態を水利シス 御システムが正常に機能するとともに、用水系統の構 テムが機能していると規定すれば、有効に作動してい 成要素がその機能を十分に発揮することが必要です。 ない状態は、水利システムが破壊している(機能不全 土地改良施設の更新が水利システムの機能低下による に陥った)と規定されます。この有効に作動していな ものとすれば、当該地区における具体的な水利的・構 い状態の指標は、水利システム毎に大きく異なりま 造的トラブルを分類し、施設の水利的・構造的劣化の す。例えば、パイプライン系では、パイプの破損は、 分類を行ないます。その劣化が水利システムのどのよ 直ちにシステム全体の機能不全につながり、システム うな機能を満たさなくしているのか、また、その機能 の断水として現れます。このためパイプライン系で を達成するための要求性能のうち何に影響を与えてい は、施設の作動状態の安定度(システムの安全度)の るのかを分析します。さらに、その要求性能はどこま 指標として断水を用いることができます。 で回復すれば水利システムの機能を満たすのかを検討 します。 一方、開水路系では、開水路の側壁が地表面以下で 破損しても、水利システム全体の断水には決してつな また、水利的・構造的劣化がどのようなメカニズム がることはありません。開水路系では、パイプライン で発生しているのかの検討が必要です。劣化メカニズ 系とは異なった、システムの安全度の指標を採用する ムとその要因の解明により、要求性能の回復が可能に 必要があることがわかります。 なります。さらに、劣化の要因となる事象の発生確率 を推定する必要があります。 なお、このことは、パイプライン系は、その利便性 の大きさと引換えにシステムの安全度を犠牲にしてい ることを、暗示していると言えます。 #性能の評価技術 要求性能の回復を照査するためには、性能照査の手 法と技術とが必要となります。 このように、水利システム毎にシステムの破壊を定 義する作業、すなわち水利システムの安全度の指標を 水利システム毎に見いだす作業が必要となります。 例えば、水路の流送能力が低下しているために、用 また、システムの安全度を検討することは、すでに 水不足を生じている地区において、更新前の流送能力 述べたとおり、劣化メカニズムの解明により明らかと と更新後の流送能力とを数値で比較して証明すること なる、 「劣化を引きおこす要因となる事象」の確率値 が求められます。しかし、現時点では、水路の粗度係 を用いて、水利システムの破壊(機能不全)確率を求 数や流速係数を精度良く求める方法は実用化されてい めることです。 ません。また、 水路の表面がどのような状態に戻れば、 水利システムの更新とは、システムの破壊確率の現 当初の流送能力を満足するかは明らかにされていませ 状値を把握し、更新により改良される破壊確率の値を ん。 明確にすることでなければなりません。 別の例として、凍害に対する抵抗性について試験体 レベルでの耐凍害性は水・セメント比で規制されるこ 5.性能規定化と技術者の役割 とは証明されていますが、実際に現場に打設された経 !背景と現状 年後のコンクリート躯体の耐凍害性は、施工条件やそ 8 国土交通省関係の性能規定化は、建築と土木との統 合に時間を要している模様です。しかし、土木関連に くなり、国内でもその存在価値は著しく低下すること ついては、コンクリート構造について土木学会が精力 は必至です。また性能規定化に関して、一貫した思想 的に作業を進めています。また道路協会が、舗装・防 に基づく技術体系を構築しない限り、他分野からは、 護柵について性能規定化の作業を完了しています。港 独立した技術集団としての承認を得ることは困難で 湾の施設については、性能規定化が完了しています。 しょう。 一方、農業土木の分野では、このような支援体制は まったく期待できない状況です。また全体の認識とし !現行基準の性能規定化(設計) ても、国土交通省が先行したものを借用すれば足りる 要求性能に基づき設計を発注するときに、発注者自 というのが大勢のようです。しかし、これまで説明し らが、達成すべき目的を明確にし、施設や構造物の基 てきたように、農業水利の分野については、農業土木 本機能を記述する必要があります。また機能を満足す 技術分野が、性能規定化作業を主体的に実施しない限 るためには、どのような要求性能が必要であるのか り、他分野に完全に遅れをとることになるでしょう。 を、経済的、地域的、行政的要素等を勘案して決定し 特に次の点については、基本的に誤解があると思わ ていくこととなりますが、この場合に、それらの要求 れるので、認識の修正が必要です。 性能を決めた理由を広く説明できるように明確に記述 1)性能規定化とは、単にコンクリート構造物の計 しなければなりません。これらの記述は、構造力学に 算方法が限界状態設計法へ移行する問題ではな 関するものだけではなく、水理学・水利学・水利シス いこと。 テム等に関する広範なものになります。このうち基本 2)限界状態設計法で用いる部分安全係数は、分野 的な要求性能については、農業土木分野での共通作業 ごとに当該分野が有すべき安全度に基づき決定 として、農業土木技術者が全力をあげて取り組む問題 されるべきものであること。農業水利における です。地域の特別な要求性能は、地域の担当者が、事 安全度については、早急に合意形成が必要であ 業推進上の基本事項として、整理すべきことです。 ること。 3)水利システムの機能や要求性能については、農 業土木分野以外に興味を示す分野がないこと。 4) 水利学や、水理学における要求性能については、 "性能設計に対応した歩掛(積算) この問題は、調査設計の発注問題と、工事の発注問 題とに大別できます。 他に求める手本・事例が存在しないこと。また 調査設計の外注に当たり、性能設計を実施しようと 性能の照査法については、ほとんど手つかずの する場合、積算の基本となるべき標準歩掛は存在しま 状態にあること。 せん。アイディアの標準価格が存在しないのは当然だ 5)農業水利の分野では、経験的に、力学性能より 耐久性能の方が、規定条件になることが多いこ と。 6)性能規定化は、単に設計の分野に限定されるの からです。早急に農業土木分野としての基本的姿勢を 検討する必要があります。 工事に関しては、各種要求性能に対応した積算歩掛 の再編と追加が急がれます。 ではなく、その及ぼす影響が大きく、積算、検 査、契約の分野にも大きな影響を及ぼすこと。 #性能の照査法(検査) 調査設計業務の照査問題と工事の検査問題がありま さらに、性能規定化は、国際的な問題であるため、 す。 日本の技術体系を海外で用いる場合に、それが仕様規 調査設計業務の成果を照査する場合、誰が、どのよ 定であれば、近い将来、被援助国から受け入れられな うに、何に基づき設計内容を照査すべきであるのか、 くなる可能性が高いことが、容易に想像できます。農 その体制を確立する必要があります。その場合にも、 業水利に関する技術を国内に限定してしか用いること 性能設計の結果を仕様規定で照査したのでは、本末転 ができなくなれば、その技術体系は国際的に存在しな 倒となります。特に水利システムに関する、性能照査 9 規定の確立が急がれます。 工事の検査において、どのような手法で要求性能の て、成果を借用する「小判鮫流」は通用しないことを 早く理解してもらいたいと考えるものです。 達成の有無を照査するのか大きな問題です。特に耐久 本文は、日本農業土木総合研究所が、平成1 4年7月 性に関する検査手法は、農業水利施設の更新が耐久性 2 5日から8月6日にかけて開催した、性能設計に関す に大きく関係していることから、民法上の契約に関す る講演会に筆者が使用した資料を取りまとめ、一部加 る規定に関連して、十分な議論を必要としています。 筆修正したものです。 当然ながら、本文は!日本農業土木総合研究所の公 %組織的対応 性能設計に関する理解は、農業土木全体としてほと 式な見解ではなく、筆者の私的な見解を述べたもので あり、その文責は筆者にあることを申し添えます。 んど進んでいないのではないかと危惧しています。特 にこのようなメモを筆者のようにもうすぐ6 0代になろ うとしている年代の者が記述しなければならないこと 参考文献 が残念です。 !中島賢二郎:技術基準の国際化について−仕様基準から性能基 性能設計の推進には柔軟な頭脳が必要です。どうか 3 0歳代4 0歳代の官民の若い技術者が連携してこの問題 に取り組んでいただきたいと思います。また、行政と しても彼らが活躍できる環境と推進体制とを早急に確 立していただきたいと希望します。 性能設計は、これまでのような他省庁を横にらみし 10 準へ−、JIID 研究レポート№2 1、2 0 0 0. 1 0 "農林水産省構造改善局計画部監修:解説土地改良の経済効果、 大成出版社、1 9 9 8. 3 #事業評価研究会編集:道路事業の評価‐評価手法の解説、ぎょ うせい、2 0 0 1. 1 $中島賢二郎:設計基準の性能規定化作業例−設計基準「水路工」 を事例として−、JIID 研究レポート№22、2 0 0 1. 1 0
© Copyright 2024 Paperzz