乗船体験記 ∼貨物船に乗って

乗船体験記 ∼貨物船に乗って∼
はじめに
好況の続く海運・造船業は,古くから愛媛県の主要産業です。
しかし,この仕事は一般の人の目に触れる機会が少なく,イメ
ージもわきにくいのではないでしょうか。現在,これらの業界
は,世界的な好景気と中国の経済発展によって海上の荷動きが
増えたため好景気です。しかも,2003年から好況が続いており,
この業界の誰もが経験したことがないほどの未曾有の活況とな
愛媛銀行 審査部
山瀬 勝仁
っています。
愛媛の外航船主は世界的にも有名で,その支配船は全世界の4.5%を占めると言われ
ています。近年はギリシャなどの歴史的にも有名な支配船の多い国に,追い付き追い
越す勢いです。
私は,これらの産業への理解を深めるために,04年8月から06年7月末までの2年間,
今治市と神戸市の海運会社に出向し,船主業について勉強してきました。造船所で船が
できるまでの工程,海外や国内造船所での船舶検査・修繕,訪船によるコンディション
チェック,乗船体験など,出向先企業の御好意・御協力により様々な経験をしました。
今回は,これらの経験の中から,乗船体験についてご紹介させて頂きます。何分,
初めての乗船体験で,且つ素人(本業は銀行員)の目線ですので,物足りない所も多々
あるかと思いますが,海運業や船舶に対してイメージがわかない方,興味があっても
目に触れる機会の無い方々に,多少なりとも参考になれば幸甚です。
航路
広島県松永港 ∼ ニュージーランドのギスボン港・タウランガ港
松永港 ∼ ギスボン港 5,212マイル
ギスボン港 ∼ タウランガ港 209マイル
合 計 5,421マイル(10,039km)
*1マイルは1.852km
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航海スケジュール
松永港で材木を荷揚げして,空船でニュージーランドへ向かいます。ギスボン・タ
ウランガ港で材木(丸太・製材)を積み込み,日本に帰って来ます。
日程
〔揚げ荷風景〕
船舶の貨物倉(Cargo Hold)内の丸太を,ブル
ドーザーで並べて,クレーンで少しずつ吊り上げ,
陸揚げしていく(UFOキャッチャーに似ている)。
日本での荷役は,朝8時から夕方5時迄で作業時間
が短く,日数を要する。ニュージーランドでは24時間・
3交代制で進められており,短期間で作業が進む。
1月28日 12:00 松永港での揚げ荷役終了 12:50 松永港出航
2月14日 17日間の航海を経て,05:50 ギスボン港到着 08:00 積み荷役開始
14:00 積み荷役終了(2,447トン) 16:40 ギスボン港出航
2月15日 09:15 タウランガ港到着 12:00 積み荷役開始
2月17日 16:30 積み荷役終了(25,953トン) 出航準備開始
2月18日 03:20 タウランガ港を出航し,本船は日本へ向かう。ここで私は別れて
空路で日本へ帰国。尚,本船は3月6日 堺港に到着。堺港・浜田港・松永
港の3港で3月18日まで揚げ荷役。一航海が49日間の日程。
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船舶の概要
船 種 バラ積み貨物船
総トン数 16,761トン
載貨重量 28,350トン(載貨重量とは,その船舶がどれだけ荷物を積めるかを あらわしたトン数で,船舶の指標の中では重要)
全 長 169.03m 全 幅 27.20m 深 さ 13.60m
スピード 空船状態で13.5ノット(25.0km/h),積荷状態で13.0ノット(24.1km/h)
*1ノットは,時速1.852km
参考:航海中の消費燃料は,船舶用のFUEL OIL 380CSTといわれるものが,
1日約20トン。DIESEL OILが1日約0.5トン。合計約20.5トンという莫大な消
費燃料です。皆様,想像つきますでしょうか? ちなみに次回,日本に寄港す
るまで給油はしません。なぜなら,本船はFUEL OILで約1,180トン,DIESEL
OILで約120トンを積み込めるタンクを持っているからです。スケールが大きい
ですね!
乗組員
総乗組員20名,すべてフィリピン人です。
甲板部(DECK)と機関部(ENGINE)
に分かれていて,各部の士官・部員の勤
務形態は,4時間×6交代制(4時間勤務
して8時間休憩を2回繰り返す)となって
います。
ただし,169mもの大きな船舶を,20名
の少ない人数で動かすため,実際には皆
12時間前後働いていたように思われます。
フィリピン人は,お国柄のせいか陽気
船上で作業着姿の私(左端)と船長(中央)。
右端はNo.1エンジニア。
私も乗組員の一員として、日々、作業着でヘ
ルメットをかぶり、ペンキを塗ったりしていま
した。(簡単な仕事を皆様の邪魔にならない程度
に)
で人懐っこく,一緒に生活するには良い
メンバーです。(見た目は,怖い人が多かったですが)
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航海中の仕事(材木積みの場合)①
ここからは,航海中の乗組員の主だった仕事について述べていきます。
●揚貨後,貨物倉を清掃して,材木くず・木の皮を海上投棄する
揚貨後,5つある貨物倉(Cargo Hold)を清掃。約28,000トンの丸太・製材を積み
揚げした後であり,大量の材木くずが発生。ゴミは種類によって海上投棄できる物と
できない物に分けられていますが,材木のくずは陸から距離を置けば海上投棄しても
よく,海が荒れてない日(船の揺れが少ない日)に,すべて海上投棄しました。
●貨物倉(Cargo Hold)のメンテナンス
(1)水洗い・錆落とし・ペイント
HOLD内を水洗いして,汚れを落としていきます。1度目は海水で洗い,2度目に清
水で洗います。錆が出ているところは,手作業で錆を削り落としていきます。
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錆が無くなったら,ペイントしてコンディションを整えていきます。この作業を毎
航海,丁寧に実施して良い状態を維持しておかないと,荷物によっては積めない物が
出てきます。(商売に重大な影響がでてしまう)
(2)損傷箇所の修理
丸太を積む時の衝撃で,鉄板(スラントプレート)が折れ曲がっています。
海上を航海する船には修理屋さんは来てくれないので,自分達で積み込んである鉄
板を切り,溶接をして修理していきます。
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●DECK上のメンテナンス
(1)ハッチカバー(Cargo Holdの蓋)のメンテナンス
材木積みではDECK上にも積み込みをするため,ハッチカバーの傷みが激しく,また,
普段,海水を浴びる場所なので,放っておくとペイントの剥げ落ちたところから錆が
広がり手が付けられなくなります。特にハッチカバーの合わせ目は,水密上とても大
事なので,念入りに錆を落としていきます。
錆を削り取った所とペイントの剥げ落ちている所に,赤色の錆止め塗料を塗ったう
えで,グレーのペンキを塗装していきます。材木積みの船舶にとっては,この作業を
どれくらいこまめにするかによって,船の状態が大きく変わってきますので,私も訪
船した際はよくチェックをしました。
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(2)DECK上のクリーニング
特殊なケミカル洗剤を使って洗い,DECK上の汚れを落としていきます。
同じ場所の洗う前(写真左)と,洗った後(写真右)です。
洗う前の左舷側と,洗った後の右舷側です。一時的にはビックリする位キレイにな
りますが,積荷や錆汁によってすぐに汚れてしまいます。海上を航海するので,錆の
発生とは常に追いかけ合いの作業になります。
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…航海中の仕事についての説明を少し休憩…
船の揺れについて
瀬戸内海でしか船に乗ったことのない私にとって,1番の不安は船酔いでした。波の
荒い太平洋上で17日間は地上に降りることが出来ません。また,もし,船酔いがひど
く緊急を要する事態になれば,どこかの国か島に寄るために船がコースを離れて回り
道をしなければなりません。そうなれば,乗船を受け入れてくださった出向先の会社,
船を用船するオペレーター,荷主,船の乗組員,保険会社等,様々な方面の方にご迷
惑を掛けてしまいます。
また,過去に船乗りとしての経験がある人たちから,「初めての乗船では誰でも船酔
いをする。体質的に合わない人は,酔いのため食べることができないどころか,ひど
い人では吐くものも無くなり,血を吐いてのた打ち回る」ということを聞かされてい
ました。
これを聞かされていたため,自分から乗船させて下さいと申し出たものの,いざ乗
船する前には,期待3割・不安7割の状態だったと思います。
幸い,私は日頃の素行が良いからか,または余程鈍感なのか,一切船酔いはありま
せんでした。
大きな要因として,出航後3日間(1月28日から1月30日まで),揺れがほとんど
ない凪ぎの状態であったことが挙げられます。その間に体が順応したのです。
1月31日,緯度にして台湾の南辺りから,2月3日緯度にしてグァムの南までの4日
間は海が荒れて横揺れが激しくなりました。写真でお見せすると,次の通りです。
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4日間,傾斜角度でいうと15∼25度揺れ続けており,船がずっと傾いていました。
この4日間は夜,寝ていても体がフワッと浮き上がるため,1時間毎に目が覚めます。
また,この状況になると,船長やベテランの乗組員でも眠れないのは同じらしく,日
を追うごとに船内の雰囲気が悪くなり,皆だんだんと無口になっていきました。よく
戦争映画の戦艦のシーンでハンモックで寝ている姿を見ますが,私自身もベットでなく,
ハンモックの方が揺れの激しい日には良いのではないかと思ったほどです。
航海中の仕事②
●ラッシング資材の整備
ラッシング資材すべてに,グリースを付けてコンディションを整えていきます。
DECK上に積み込んだ丸太が荷崩れを起こさないように,チェーン・ワイヤーで固縛
する際に重要となります。事前に準備してシャックルがスムーズに開閉できるように
しておかないと,出航が遅れかねません。
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DECK上に丸太を積み込む際,倒してあったスタンションを立てます。これがある
ために,DECK上にも丸太を積み込むことが出来るのです。
●ブリッジ(船橋)での当直
昼間の風景。航海計器が並んでいます。写真右は,海図。
夜間の風景。夜は灯りひとつない状態で当直・見張りをします。部屋を真っ暗にし
ておけば,20分位で慣れて暗闇に目が利き始め,他の船舶が遠くにいても船の灯りが
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見えるようになります。部屋が明るいと,暗闇に目が慣れないため他船に気付くのが
遅れてしまいます。事故予防上,夜間当直において船橋を真っ暗にすることは重要です。
海図を見る時にもカーテンで仕切って,船橋内に灯りが漏れないようにします。本当
かどうか確かめていませんが,フィリピンクルーは30∼40km先まで,海上の灯りが
見えるとのことです。
●訓練・テスト
乗組員がそれぞれに決められたもの(電灯・航海日誌・機関日誌・毛布・救急箱・
工具等)を所持して脱出の準備をしているか訓練・チェックします。そして右舷側救
命艇に乗り込み,エンジンが作動するかテストします。また,その後全員で訓練に関
するビデオを見ます。
今までは,航海中の主だった仕事について述べてきました。紙面の関係もあり,あ
くまで主だった事についてのみの説明ですが,お読みになっている皆様,何となく船
での乗組員の仕事のイメージが伝わりましたでしょうか。
169メートルの大きな船舶を20名で動かしメンテナンスするのです。また,天候が
良く,海が穏やかな日ばかりとは限りません。私も乗船してみてビックリしましたが,
皆よく働きますし,また働かなければ仕事が追いつきません。フィリピンクルーに脱
帽です。
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*ちなみに,乗組員は一度乗船すると平均10ヶ月くらいは乗り続け,2ヶ月程度休暇
をとるのが一般的なパターンです。陸での生活に慣れている私達には,ちょっと我
慢できない生活です。例えば,航海中はテレビを見ることもできなければ,携帯電
話をかけることもできないのです。
フィリピンでは外航船の乗組員はエリートです。収入の多い人,船長・機関長では
おそらく日本円に換算すれば,年収4∼5百万円。フィリピンでの貨幣価値では,年
収4∼5千万円になるのではないでしょうか。船舶での仕事を我慢してよく働きます
が,当然といえば当然です。
次回は「ニュージーランド到着後の仕事・積荷について」を紹介する予定です。
New Zealand(ニュージーランド)
オークランド
タウランガ
ギスボン
ウェリントン
2
面積:27万534km (日本の約4分の3)
人口:412万人(2005年)
首都:ウェリントン Wellington
言語:英語
距離:日本から約1万km
飛行機(直行)で約11時間
時差:日本との時差は+3時間
夏時間(10月初旬∼3月中旬)は+4時間
通貨:ニュージーランドドル
NZ$l≒78円(2006年11月現在)
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