レ ン タ ル 市 場 に 黒 船 来 襲?

K INEMA JUNPO R ESEARCH
≫ S p e c i a l I s s u e V O L . 0 7
レ ン タ ル 市 場
に 黒 船 来 襲?
新作 10 円の「レンタル ! アドアーズ」
1 号店がオープン
I NSTITUTE
K INEMA JUNPO R ESEARCH
≫ S p e c i a l I s s u e V O L . 0 7
I NSTITUTE
レ ン タ ル 市 場
に 黒 船 来 襲?
2012 年 3 月 30 日、
「新ビジネスモデルのレンタル店」を標榜する「レンタル ! アドアーズ」の
1 号店が東京都板橋区にオープンした。
運営するのは KC カード株式会社とアドアーズ株式会社。KC カードは 1963 年設立の福岡に本
社を置くクレジットカード会社で、2005 年から 2011 年 8 月までは楽天グループの傘下にあっ
た。その後、クレジットカード事業部門をJトラストが買収し現在に至っている。一方のアドアー
ズは 1967 年の創業。ゲームのオールドファンなら一度は耳にしたであろう「シグマ」を前身とし
て、現在は、首都圏を中心に全国に 67 店舗のアミューズメント施設を運営するゲームセンター大
手となっている。そして本年 4 月、同社の筆頭株主であるネクストジャパンホールディングスが、
株式交換により J トラストの子会社となった。リアル店舗を通じたクレジットカード会員へのサー
ビス強化や首都圏でのブランディング強化を狙う KC カードと、新規顧客の獲得や新たなビジネス
のノウハウ蓄積などにメリットを見出したアドアーズとが、J トラストグループ内で手を握り、出
現したのが「レンタル ! アドアーズ」ということだ。
【“ 新作 10 円 ” で経営が成り立つのか ?】
レンタル ! アドアーズの最大の特徴は「新作 1 泊 2 日 10 円」という他に例を見ない超低料金だ。
近年、料金の低下が著しいレンタル業界においても、新作料金は一定の水準を維持している。1 泊
2日で300 〜 400円程度、セットレンタルなどの割引施策を利用しても200 〜 250円である。また、
アドアーズは旧作も安い。1 泊 2 日は新作と同じ 10 円で、2 泊 3 日は 20 円、3 泊 4 日は 30 円と 1
泊伸びるごとに 10 円ずつ加算され、7 泊 8 日では 70 円となる。4 月中旬から多くの TSUTAYA
が旧作料金の値下げを行ったが、主な価格は「7 泊 8 日 100 円」である。
これほどの低料金で経営が成り立つのかと首をひねりたくなるが、利用者から料金を徴収する
仕組みはある。それが年間 5000 円に設定された「年会費」だ。公にはされていないが、アドアー
ズの1店あたりの目標会員数は 2 万人と目されており、実現すれば会費収入だけで年間1億円と
いうことになる。また、アドアーズのレンタル会員になるには、KC カードのクレジットカード会
員になる必要がある。実は前述の “5000 円 ” は「レンタル ! アドアーズ」のレンタル会員として
ではなく「KC カードの年会費」と解釈するのが正しい。つまり、アドアーズの超低料金レンタル
を利用できるのは、会費を払って KC カードに入会したクレジットカード会員のみに限定されると
いうことだ。TSUTAYA やゲオでもレンタル会員証にクレジットカード機能をつけるサービスが
あるが、それが徹底されたものと理解しておけばよいだろう。
そうすると、アドアーズには年会費のほかに「カード手数料」が入ることになる。アドアーズの
会員がレンタル会員証を兼ねたクレジットカードを使って買い物をするたびに、アドアーズは提
携先の KC カードを通じて手数料収入を得ると考えられる。
日本クレジット協会の資料によると、日本人は、クレジットカード1枚当たり年間約16 万円
の買い物をするという。つまりアドアーズが見込む通り、2 万人の会員がいれば年間約 32 億円の
ショッピング利用があることになり、そこから得られるカード手数料は、料率を最低レベルの 2%
と見積もっても 6400 万円となる。年会費収入と合わせて、1 億 6400 万円がレンタル事業以外
から得られる。こうしたインカムがあればレンタル料金がどれだけ低くても運営は可能だ。それ
がアドアーズのビジネスモデルである、とレンタル店を含めて既存のレンタル業界は考えてきた。
2
K INEMA JUNPO R ESEARCH
I NSTITUTE
しかし、KC カードの狙いは、それとは少し違ったところにあるようだ。
【アドアーズは “ 空港のカード会員専用ラウンジ ” である】
KC カード 取締役 宮崎勝宏氏は、アドアーズを「空港のカード会員専用ラウンジのようなもの」
と考えている。一般的にクレジットカード会員には、チケットが優先的に入手できたり、各種の割
引が受けられたり、といった特典が提供されるが、そうした会員向けサービスのひとつとして、
「KC
カードには “ 超低料金でレンタルできる ” というメニューがある」と理解するのが正しいようだ。
通常のレンタル店のように、タイトルごとの収支にこだわる必要がないため、アドアーズのレ
ンタル料金はどのように設定されてもよい。いずれは「一定枚数まで無料」とか「一定期間無料レ
ンタル OK」といったサービスも実施されるかもしれない。ゴールドカード会員に限定したプレミ
アムサービスとしてであれば、かなり現実的だ。こうしてみると、アドアーズの出現は、「レンタ
ル市場に新規参入者が現れた」というよりは、「レンタルを特典として扱う事業者が現れた」と見
るほうが実態に近いだろう。
とはいえ、疑問もある。
「クレジットカード会員向けのサービスであるならば、既に会員がいる
九州にこそアドアーズが必要なのではないか」ということだ。これについてKCカードは「アドアー
ズというリアル店舗のブランド力は首都圏で高いため、まず首都圏から始めることにした」と説
明している。アドアーズの第 1 義はあくまでも KC カード会員へのサービス提供であり、そのサー
ビスに付加価値をつける “ ブランド力 ” を求めた結果の首都圏展開ということだ。とはいえ、同時
にレンタル事業によって首都圏での新規会員を獲得しようとしていることも認めている。5000
円の年会費を払って入会するレンタル会員が少なからずいると見込んでいるわけだが、少なくと
も、オープンから 2 〜 3 週間で会員数が数千から 1 万に達する、一般のレンタル店のようには会員
数は伸びていないようだ。
【市場破壊者か救世主か】
こうした異色の新規参入者、アドアーズに対して既存のレンタル業界はどのように受け止めて
いるのだろうか。
レンタル店のほとんどは「価格破壊者」
「市場破壊者」と見ている。ゲオの低料金戦略から始まっ
た料金戦争がさらにヒートアップしている中、“ 新作 10 円 ” を謳うアドアーズは、疲弊したレンタ
ルマーケットにとどめを刺してしまいかねない、という見方だ。
しかし、一方で市場が疲弊しているがゆえに「アドアーズが買うなら、店を売ってしまいたい」
というオーナーも少なくない。新規に店を立ち上げるよりは既存店を買収した方が、はるかに効
率的に多店舗化できることは自明であるし、実際、アドアーズ側も既存店の買収自体は否定して
いない。その上、現存しているレンタルチェーンの多くは歴史が古く、オーナー同士の交流が深
いため「アドアーズから買収話があった」というような情報が流れやすい。そこから「●●が●億
円で売るらしい」
「■■は■億円を蹴ったらしい」といった噂が蔓延し、結果として経営意欲が落
ちているオーナーの間に「アドアーズが店を欲しがっている」という情報が乱れ飛ぶことになる。
こうしたオーナーにとってのアドアーズは、手放したい店舗を買ってくれる救世主のように見え
ることだろう。
3
K INEMA JUNPO R ESEARCH
I NSTITUTE
なんとか頑張って市場を回復させていこうとしているレンタル店にとっては、こうした状況も
好ましいものでなく、ますます「アドアーズは市場破壊者だ」という印象が強くなってしまう。
また、アドアーズの料金体系で “ 得をする ” のはヘビーユーザーのみということも、抵抗感を強
くする一因になっている。
1 枚 100 円のレンタル料金が当たり前になっている現在、前払いで 5000 円を支払うことに抵
抗感がないユーザーはよほど自覚的なヘビーユーザーだと思われる。当研究所の調査によれば、
年間 50 枚以上レンタルするヘビーユーザーは全ユーザーのうち 13%を占める。年間 50 枚といえ
ば、
5枚1000円というセットレンタルサービスを利用しても総額で1万円だ。こうしたユーザーは、
年会費の 5000 円に抵抗感が薄いかもしれない。しかし、全ユーザーの 13%でしかないヘビーユー
ザーだが、
この13%が全貸出数の55%を担っていることも同調査でわかっている。つまり、ヘビー
ユーザーがアドアーズに集中してしまったら、奪われたレンタル店の貸出回数は半分以下にまで
落ち込んでしまうのだ。
しかも、ヘビー化したレンタルユーザーが KC カードを使ってどれだけショッピングをするかと
いう疑問もある。ショッピングをしないなら、収入は年会費のみで手数料収入は望めない。アドアー
ズにとってレンタルのヘビーユーザーは、前払いしているのをいいことに在庫を借りあさるのみ
の “ 招かざる客 ” に近いのではないか ? しかし、そのヘビーユーザーは既存のレンタル店にとって
かけがえのない優良顧客なのだ。あるレンタル店のマネージャーは、このように指摘して「誰も
幸せにならないではないか」と嘆いた。
【ソフトメーカーは興味を失いつつある】
アドアーズが「KC カードと連携してレンタル事業に参入する」と公式に発表したのは 2012 年
1月だ。ソフトメーカーはこの情報に「レンタルマーケットに新たな資本が入る」
「店舗数が増える」
「TSUTAYA、ゲオの支配力が弱まる」
「市場が活性化するかもしれない」と期待を寄せた。しかし、
第1号店である成増駅前店がオープンしてからは、そうした期待は沈静化し、多くのソフトメーカー
は興味を失いつつある。
理由は様々あるが、ひとつには極端な低料金にある。レンタル店と同じように価格破壊を懸念
しているのだが、アドアーズが 1 店増えても、料金競争で既存店がクローズしてしまってはソフ
トメーカーとして旨みはないというわけだ。
また、当初アドアーズは「100 店構想」を掲げていたが、現時点の出店が確実視されているのは、
TSUTAYA の居抜きでオープンした 1 号店と、某チェーンの一部店舗を買収した 2、3 号店という
ことで、実質的に店舗数が増える見込みはない。新規店が増えるという期待が薄れている理由は
ここにある。
もうひとつ、成増駅前店の貸出状況を見て「ユーザーがついていない」と判断してしまっている
ことがある。前述の通り、一般的なレンタル店であれば 2 〜 3 週間で数千人の会員を集めること
は難しくないが、アドアーズの場合、それだけの会員を擁した貸出状況ではないということだ。
こうした状況から、ソフトメーカーは興味を失いつつあり、また、悲観的なシナリオを心配す
るようになっている。それは、
「アドアーズが買収を進め、既存の店舗の一定数がアドアーズに入
れ替わってから、思うように会員数が伸びずゲオに転売するのではないか」というもの。店舗数
4
K INEMA JUNPO R ESEARCH
I NSTITUTE
が増えないだけでなく、ゲオの支配力が高まってしまっては、期待はずれと言うほかはない。また、
アドアーズとゲオはカプセル自販機の設置を通じた関係もあり、転売先として具体的に想像でき
てしまうことが、このシナリオの現実感を増している部分もあるだろう。
【レンタル業界に投下された資本をいかに活かすか】
しかし、一般論として「新たな資本が参入してこない市場は健全でない」ということは言える。
現在のレンタル市場は、大手チェーンの幹部が FC 開発に際して「客観的に見て、現在のレンタル
市場は魅力的に映らないのではないか」と漏らすまでに疲弊している。また、「誰が残存者利益を
得るかの争いに入った」と語るチェーン店幹部もいる。その中で、会員サービスという新たなビ
ジネスモデルを手に、レンタル市場に参入してきたアドアーズが「業界知識が足りなかった」
「レ
ンタル会員というものを見誤った」などの理由で早期に撤退することがあれば、それは好ましい
こととは思えない。
各種のエンタテインメントの中でレンタルビデオというサービスのパワーが相対的に下落して
いることは事実。だからこそ、レンタルそのものの楽しさや利便性を訴えていくことは、既存の
レンタル店やソフトメーカーにとってはもちろん、アドアーズにとっても必要なアジェンダとな
るはずだ。また、競合メディアと抗していく際にも、新規参入企業の力は有用なのではないか。
少なくとも、レンタルビデオというサービスの価値を高めていく作業の中では、アドアーズのビ
ジネスモデルがどのようなものであれ手を結べる可能性は残されている。レンタル業界は、市場
に投下された資本を上手に生かすことを考えるべきなのかもしれない。
5