ROCKY NOTE F(ベースラインに対するリスク比)(061030) 外人の研究は使えない…という意見をよく耳にする。まあ、外国人だと病気の発生頻度も違うし、 食事の内容も違うし、脚の長さも違うし、ギャグのセンスも違う。もっともな事を言っているような感 じもするが、そんな事が問題なのではないような気がする。もう少し大きな枠組みで差というものを 捉える必要がある。仮に、隣のおばさんに効く薬がうちの母親に同じくらい効くだろうか…と考えて みる。必ずしもそうではないだろう。隣のおばさんとうちの母親は今までかかっている病気も違うし、 食事の内容も違う。脚の長さは同じくらいかもしれないが、腹囲は勝っているかもしれない。そん なことを考えると、結局一般的に行われている研究なんて全部他人の研究であって、自分の患者 とは異なるということになる。人種は同じだが、違うところは山のように指摘できるではないか。正 確に言うと、研究に参加した人の平均的な特徴を持つような患者(参加者の平均年齢とか、平均 血圧などの記載が論文に記載されてある)以外はピッタリと当てはまらない。そんな患者はこの世 の中に存在するはずも無い。人種差のみを重要視するのはナンセンスで、個体差にも注目をしな ければならないと思う。(人種差よりも、個体差のばらつきのほうが一般的には大きいと考える。) AFCAPS/TexCAPS という論文を読みながらこのことについて考えてみたい。ちなみにこの論文の PECO は以下のようになる。 P(Patient):平均的総コレステロール患者で低 HDL コレステロールの患者 E(Exposure):ロバスタチン 20-40mg/日 C(Comparison):プラセボ O(Outcome):急性冠血管イベント(致死性または非致死性心筋梗塞、不安定狭心症、突然死)の 初回発症 エンドポイントは患者にとって重要な項目であり、Random かどうか、ITT(Intention to treat analysis)かどうかもクリアしている(このあたりの批判的吟味については別項目も参照)。RRR は 37%、NNT は1年で 244 と計算できる。つまり、1 年間治療すると 244 人に 1 人の冠血管イベント新 規発症を抑制することが出来るということである。 この研究を自分の患者にそのまま適用できるだろうか。外国の研究だから出来ないと単純に考 えるだけでは不十分である。確かに外国人の研究ではあるが、実際に診る患者と論文中の患者 には人種以外の項目でも大きな差があるはずである。論文の平均的な患者を対象に計算した NNT が 244 だったわけで、目の前の患者のリスクがより小さければ、NNT は大きくなり、治療の効 果はより小さくなるはずなのだ。その逆もあり得る。その部分を定量的に取り扱う一つの方法が F と呼ばれるものである。 F とは、簡単に言うと、“論文中のコントロール群のリスク“に対する”目の前の患者のリスク“の ROCKY NOTE ROCKY NOTE 比である。目の前の患者のリスクが、論文の患者に比べて 2 倍リスクが高ければ F=2 である。リス クが1/3 であれば F=1/3 ということになる。 そもそも日本人とアメリカのテキサスで行われたこの論文の参加患者では疾患の頻度が大きく 異なる。この論文中では対照群(コントロール群)のイベント発症率は 10.9 との記載があるが、日 本人では一般的に虚血性心疾患のリスクは欧米人の 1/5~1/10 といわれている。ここでは一次 エンドポイントによるリスクを日米の論文間で比較してみる。J-LIT(Japan Lipid Intervention Trial) によると、冠動脈イベント(致死性、非致死性心筋梗塞、突然死、狭心症)の発症は 1.55/1000 人 年となっている。ただし、この値はシンバスタチンで治療を受けた後の発症率であるため、RRR で 補正すると 1.55/(1-0.37)=2.46/1000 人年と表すことが出来る。また、論文中の患者の冠動脈 イベントは 10.9/1000 人年とある。そうすると日本人のリスク比は 2.46/10.9=0.24 と計算できる。 論文中のデータは研究に参加した対象者の平均的な人の結果を表している。論文中の Table 1. に示されているように、男性が 85%、平均年齢が 58 歳、喫煙者が 12%、高血圧 22%、糖尿病 2%含まれており、このような実際には存在しない平均的な患者の結果であることを忘れてはなら ない。(85%が男性で、15%が女性の患者などいない。それっぽい人はいるが。)仮に、自分の患 者がこの平均と比較してリスクが低く、仮に 1/2 と見積もることにしたとする。 目の前の患者の NNT は論文中の患者の NNT/F と表すことができ、最終的な F は、0.24 のさら に半分(0.24×1/2=0.12)となる。このように見積もると、NNT は 1 年で 2033(244/0.12)と計算で きる。つまり、F を考慮した場合は 1 年間治療すると 2033 人に 1 人は冠血管イベントの新規発症 を抑制することが出来るということになる。日本の論文でも、同じように考えることが出来る。自分 の患者は論文の患者に比べてどれくらいリスクが高いのか(低いのか)を考慮する必要がある。も ちろん、このリスクの推定には恣意的な面が多くある。それでもリスクを見積もっていくプロセスは 臨床を続けていくうえで精度が高くなると思う。F という点に注目しないといつまでたっても論文を 自分の患者に使えるようになるわけが無い。外国の研究だからとあきらめず、どれくらいリスクが ずれているのかをまず考えてみることが重要だ。見積もりが異なったときには、どこで見積もりが 間違っているのか分析できる。いつまでも勘だけに頼るだけでは心もとない。 参考文献 名郷直樹:EBM キーワード,東京,中山書店;2005 Downs JR , et al : Primary prevention of acute coronary events with lovastatin in men and women with average cholesterol levels: results of AFCAPS/TexCAPS. Air Force/Texas Coronary Atherosclerosis Prevention Study. JAMA. 1998 May 27;279(20):1615-22. Sacket , et al : Evidense Baced Medicine : how to practice and teach EBM.2nd edition.Churchill Livingstone;2000. ROCKY NOTE
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