野兎病について

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野兎病(130204)
運転中に野うさぎに遭遇することがたまにある。ウサギやプレーリードッグなどの輸入された動
物をペットにする人も多くなっている(通常は野兎病とは無縁かもしれないけれど・・・)。このあたり
では猟銃で猟をする人もまだいるので、それほど普段の診療と無関係な疾患でもなさそう。一度
勉強することにした。
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日本においては中国・四国地方を除く、北海道から九州北部に至る地域からの発生報告が
ある。1)
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近年、わが国において野兎病は非常に稀な感染症であるが、本菌は今日でも国内の野生動
物間で維持されていると考えられること、また、ヒトが海外の発生地で感染したり、本菌が生
物テロに使用される可能性のある病原体としてリストアップされるなど、留意すべき感染症の
一つである。3)

国内における近年の発生数は減少傾向にあり、1980 年代以降は年間 10 例前後で推移し、
1999 年の千葉県の 1 例以後には発生ゼロの年が続いていた。全数把握疾患となって以後で
は 2008 年に発生が確認され、福島、千葉、青森、和歌山の各県の順に合計 5 例の届出があ
った。1)
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日本では 1924 年の初発例以降、1994 年までの間に合計 1,372 例の患者が報告され、東北
地方全域と関東地方の一部が本病の多発地である。3)
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発生の季節性は、吸血性節足動物の活動期(4~6 月)と狩猟時期(11~1 月)の 2 つのピー
クを示す。3)
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自然界においてマダニ類などの吸血性節足動物の媒介によって野生動物間に維持されてい
る。1)
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日本におけるヒトへの感染源の 90%以上はノウサギであるが、その他の鳥獣類、ダニ類、昆
虫類からの感染例もある。1)

日本において、菌が分離されたり感染源となったことのある野生動物としては、哺乳類ではノ
ウサギ、ユキウサギ、リス、ムササビ、ヒミズおよびツキノワグマ、鳥類ではヤマドリ、キジお
よびカラス(種名は不詳)が知られる。また一部にはマダニ類と昆虫類が関係した症例が報
告されている。2)

マダニ類やアブ類等の吸血性節足動物による刺咬からの感染例も報告されている。ペットに
付着したマダニ除去の際に、虫体を潰して体液が目に飛び込んだり、指が汚染されることに
よるものもある。海外では感染動物との直接接触や吸血性節足動物の刺咬以外に、保菌野
生齧歯類の排泄物や死体によって汚染された飲用水や食物による経口感染、また、死骸が
紛れ込んだ干し草等の粉塵の吸入による呼吸器感染も報告されている。ヒトからヒトへの感
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染はないとされているが、患者の潰瘍部からの浸出物などもヒトへの感染源となりうるので、
注意が必要である。3)
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感染源との接触後、3 日をピークとする 1~7 日に突然の発熱、悪寒、戦標、頭痛などの感冒
様症状で発病し、多くは菌の侵入部位の所属リンパ節が腫脹する。病型は、菌の侵入部位
に形成された潰瘍と所属リンパ節腫脹を特徴とする“潰瘍リンパ節型”、潰瘍を認めない“リ
ンパ節型”およびリンパ節腫脹のない発熱主体の“チフス型”におおまかに分けられる。さら
に、リンパ節腫脹部位の違いによって鼻リンパ節型、扁桃リンパ節型、眼リンパ節型に分類
されることがある。このように、菌の侵入部位の違いによって複数の病型が存在することから、
それらに対応して患者が受診する医療機関の診療科が異なることになる。1)

野兎病はペストに類似した臨床症状を呈するが、感染初期においては特徴がなく、しばしば
誤った診断がつけられる。3)
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野兎病は急性熱性疾患で、感染後 3 日目をピークとした 1 週間以内(稀に 2 週間~1 カ月)
の潜伏期間後に、突然の発熱(38~40℃)、悪寒・戦慄、頭痛、筋肉痛、関節痛などの感冒
様の全身症状が認められる。その後弛緩熱となり、長く続く。野兎病菌の感染力は極めて強
く、目などの粘膜部分や皮膚の細かい傷はもとより、健康な皮膚からも侵入できるのが特徴
である。皮膚から侵入した野兎病菌はその部位で増殖し、侵入部位に関連した所属リンパ節
の腫脹、膿瘍化、潰瘍または疼痛を引き起こす。病原菌の侵入部位によって様々な臨床的
病型を示す。我が国では 90%以上がリンパ節腫脹を伴う例で、60%がリンパ節型、20%が潰瘍
リンパ節型である。一方、米国では潰瘍リンパ節型が多い。また、各病型の経過中、3 週目
頃に一過性に蕁麻疹様、多形浸出性紅斑などの多様な皮疹(野兎病疹)が現れることがあ
る。3)
(参考文献 3 より引用)
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鑑別すべき類似疾患として、ツツガムシ病、日本紅斑熱、結核、ネコ引っ掻き病、ペスト、ブ
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ルセラ症などがある。3)
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類似疾患に結核、ペスト、ネコ引っかき病、ブルセラ症、ツツガムシ病などがある。2)
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国内の野兎病患者は、ノウサギなどの感染源となる動物の解体・剥皮のときに菌を含んだ
血液に素手で触れていることが多いので、肘部や腋窩部のリンパ節腫脹の頻度が高い。1)
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ヒトへの感染は、保菌動物の剥皮や調理時の汚染血液との接触や媒介節足動物の刺症に
よって起こる。2)

診断には患者の臨床症状、汚染地域への立ち入り、野外での活動状況、動物や動物死骸と
の接触歴などの問診が重要である。最も確実な検査は患者からの病原体の分離・同定であ
るが、その他にゲノム DNA や菌体抗原の検出、および血清中の特異抗体検出などが実施さ
れる。3)
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分離・・・分離材料としては摘出したリンパ節、リンパ節穿刺液、菌侵入部位の潰瘍滲出液な
どがある。血液と尿からも分離は可能ではあるが、分離例はきわめて少ない。1)
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特異検査のひとつの野兎病菌分離は高度な技術と経験が要求され、かつ野兎病菌を想定し
た専用培地が必要なために一般的な検査法とはいえない。1)

抗体検査・・・血清中の特異抗体は、Widal 法に準じた菌凝集反応を用いて凝集価として測定
できる。標準的試験管法によれば、発病から 2 週間目ごろから抗体の陽転がはじまり、3~4
週目に凝集価のピークに達する。急性期と回復期に採取したペア血清間での 4 倍以上の凝
集価の上昇を有意とみなす。単一血清での診断では 40 倍以上を有意とする。1)

菌分離以外の確定診断法として汎用されてきたのが野兎病菌凝集反応であるが、これに対
しては長い歴史があるにもかかわらずいまだに保険適用がない。1)

野兎病菌の抗生物質感受性は、ペニシリン系やセフェム系には耐性、アミノグリコシド系、ク
ロラムフェニコール、テトラサイクリン系、キノロン系には感受性が高い。1)

野兎病では抗菌薬を用いた治療が有効で、早期の治療開始が重要である。3)

全身治療:硫酸ストレプトマイシン 1 g/日(またはゲンタマイシン 40~60 mg/日)の筋注と
同時に、テトラサイクリン 1 g/日・分 4(またはミノサイクリン 200 mg/日・分 2)の経口投与
を 2 週間続ける。症状が残れば、テトラサイクリン系抗菌薬を半量にした内服をさらに 1
~2 カ月間続ける。ペニシリン系、セファロスポリン系抗菌薬は無効である。

局所治療:膿瘍化したリンパ節に対しては、太めの注射針で 3~4 日ごとに穿刺排膿す
る。症例によってはストレプトマイシン 0.1~0.2 g を 1 ml の生理食塩水に溶解し、注入す
る。多くは 2~3 回で膿瘍は消退する。切開排膿は難治性瘻孔を作りやすいので、病巣
の完全な掻爬が必要である。

野兎病菌は健康な皮膚からも侵入できるほどに感染力はきわめて強いにもかかわらず、ヒト
からヒトへ感染することはないので、医療施設内における患者の隔離は必要ない。1)

野兎病菌の感染力はきわめて強く、健康な皮膚からも侵入し感染が成立可能なので、検査
材料の取り扱いはバイオセイフティ・レベル 2、菌の培養はレベル 3 の操作が望ましい。菌は
70~80%エタノール消毒によって瞬時に死滅するので、誤って触れた場合には直ちにエタノ
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ールを染み込ませた綿やガーゼで拭く。床や作業台を汚染した場合には、消毒用エタノール
か 5%石炭酸を十分に噴霧して拭きとる。2)

予防:流行地においては死体を含め、野生ノウサギや齧歯類などとの接触は避け、またダニ
や昆虫の刺咬を防ぐこと(衣服、忌避剤など)、生水の飲用をしないなどの注意も必要である。
検査室で野兎病を疑う検体を取り扱う際には、手袋等での防護が必要である。なお野兎病
菌の培養は、バイオセイフティ・レベル 3 での取り扱いが必要である。旧ソ連では弱毒生ワク
チン(RV 株)が広く用いられた。米国では実験室のバイオハザード対策として、一部で弱毒生
ワクチン(LVS 株)が使用されているが、日本にはない。3)

野兎病菌に知られる複数の亜種のうち、主要なものが北アメリカの強毒亜種 tularensis で、こ
れに感染して有効な治療が遅れた場合には死亡することもあるが、北アメリカとユーラシアに
共通して分布する亜種 hotarctica は弱毒で死亡例はきわめてまれである。日本の野兎病もこ
の弱毒亜種によるもので、国内での死亡例は皆無である。1)

野兎病は四類感染症に定められており、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る。
3)
どこでも検査できるわけではなさそうだけれども、以下のサイトに相談できそうな機関が紹介され
ているので、疑った場合には相談してみてもいいと思う。
Q&A 日本獣医学会ホームページ
http://www.jsvetsci.jp/10_Q&A/Q%26A-table.html
千葉の tularemia(野兎病) 感染症診療の原則ホームページ
http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/be8d17ead93b30ab370435aca34c9f92
参考文献
1.
藤田博己.野兎病の臨床と保険診療の課題.医学のあゆみ 232(3): 203-205, 2010.
2.
藤田博己.野兎病.臨床と微生物 30(4): 375-379, 2003.
3.
野 兎 病.感染症の話. 国立感染症研究所ホームページ
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k06/k06_22/k06_22.html
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