市民が楽しむ 海の文化都市―逗子

vol.19
市民が楽しむ
海の文化都市―逗子
まちづくりアナリスト
松本あきら
神奈川県逗子市。遠浅で波静かな逗子海岸、
夏涼しく冬温かい温暖な気候、そして市街地
を包み込む山の稜線。穏やかな風光明媚な土
地柄は、鎌倉などとともに湘南の別荘地とし
て 多 く の 文 化 人 に 愛 さ れ て き た。人 口 約
5
8,
0
0
0人、高齢化率2
8%は県内最高である。
市民の7
0%が市外通勤者でその多くが夜8時
以降に逗子に帰る。しかし、まちの中心は賑
やかである。東京・横浜の通勤圏でありなが
ら、週末やオフは、潮の香りを感じながら贅
(逗子市観光協会 HP より)
沢な時間を過ごす。こんな海の文化都市の今
の理由は、周囲を緑の丘陵で囲まれ、市街地
をご紹介する。
が拡散しないコンパクトシティであること。
元気なエキチカ商店街
そのため、大型スーパーが郊外に立地してま
ちなかを空洞化させる要因が少ないこと、も
逗子の駅前は元気である。高齢化が進み、
う一つは、市民は横須賀線や京急線で横浜や
昼間人口の少ない逗子がなぜ元気なのか。そ
都心に向かい、駅周辺の商店街で暮らしの用
JR 逗子駅前
駅前の魚屋
駅近の八百屋
時間と曜日でお店がかわる
銀座通り商店街のお店
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郷土資料館(蘆花公園内)
蘆花公園からの眺め
銀座通り商店街
まちなかの風景(図書館)
を足す。公共交通+駅前消費型のライフスタ
は、逗子を代表する商店街である。明治2
2年
イルがあるからだ。その証の一つは、魚屋が
の横須賀線開通により別荘地として拓け、葉
駅前の一等地にドーンと店を構え、野菜や果
山御用邸に至る「行幸道路」沿道の商店街と
物を売る農協直売店や昔からの八百屋が軒を
してまちの発展とともに栄えてきた。今は、
連ねる。北関東の館林では、最近まで郊外の
なぎさ通り・池田通り・新逗子通り・大師通
大型店の影響で、駅前商店街に生鮮三品(魚
り・八幡通りとともに6商店街でまちの賑わ
屋・八百屋・肉屋)の店がなく、駅前商店街
いを演出する。
は、不動産屋と美容院ばかりで駅前に住む市
最近は、逗子が和製ハワイアン発祥の地で
民が買物難民になっているのとは大違いだ。
あることから、平成1
7年より海水浴の期間中
銀行と大手ファストフード・チェーンが駅
「まちいっぱいのハワイアン」を、6つの商
前の景観を支配するのはどこも同じだが、そ
店街が協力して実施し、地域の活性化に取り
んな駅前の一角に「寄り屋」というカメレオ
組む。今年は、商店のスタッフやタクシー運
ン店舗がある。駅前の小さな土地を活用して、
転手がアロハシャツを着たり、街路灯に装飾
平日の日中は「八百屋」
、夕方4時からは「立
を施したり、ヤシの木を植えたりして盛り上
ち飲み処」
、そして土曜日曜はコロッケなど
げ、フラダンスやハワイアンバンドの演奏な
を扱う「惣菜屋」と3つの店が一つの場所を
どのイベントを実施した。物を売る商店街か
ローテーションを組んで営業する。地代の負
ら、快適サービスを提供し、お洒落な逗子ラ
担を小さくする知恵である。
イフを応援する生活街に変身中といったとこ
JR 逗子駅から海岸に至る銀座通り商店街
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0
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ろだろう。
まちづくり診断の旅
ひ
映画と文学のまち
ろ やま
披露山住宅地
昭和3
0年代、逗子を舞台に映画化された「太
披露山庭園住宅。昭和4
0年より TBS 興産
陽の季節」や「狂った果実」は、
「太陽族ブ
によって開発された日本屈指の高級住宅地で
ーム」の火付け役になり、当時の若者を大い
ある。開発当初の2
0
2区画は、敷地面積約3
0
0
に熱中させた。
坪(1
0
0
0")で設定され、電線類は全て地中
逗子海岸の東“渚橋”のたもとには「太陽
の季節」の文学記念碑が青い海を背景に建つ。
岡本太郎作のオブジェ「若い太陽」とともに、
「太陽の季節
ここに始まる」と石原慎太郎
埋設、直線を排した緩やかな曲線と起伏のあ
る団地内道路が住宅地を巡る。
建物のルールは、建築協定により厳格に定
められている。住宅以外の建物は建築できず、
氏の文字が刻まれている。平成1
7年、
「太陽
建ぺい率は2
0%以下、建物の絶対高さは8!
の季節」の芥川賞受賞5
0周年を記念して設置
以下、生垣以外の塀もできない。
された。
街並みは、石積みや生垣、植栽で美しい景
現在の逗子のキャッチフレーズは“太陽が
観をつくり、美観を損なう看板や門塀なども
生まれたハーフマイルビーチ”
。テレビ番組
設置できない。建物を建てるときは、計画の
「出没!アド街ック天国―逗子」で石原良純
内容を説明して周辺の同意を得ることが義務
氏が“ハーフマイルビーチ”
、峯竜太氏“太
づけられている。こうした手続をクリアーし
陽が生まれた街”と提案したものを合わせた
て始めて建築確認という法律手続に進むこと
もの。粋なイラストとともに観光パンフレッ
ができる。また、住宅地の入口には、管理事
トの表紙を飾る。
務所が置かれ不審者に目を光らせ、大半の世
蘆花記念公園・郷土資料館
逗子は、海を感じながら文学散歩が楽しめ
るまちでもある。渚橋に近い小高い丘にある
帯が警備会社にセキュリティの依頼をしてい
て、安寧な住環境が維持されている。緩やか
なゲーティッドコミュニティである。
住宅地はどこからも相模湾が一望できるよ
「蘆花記念公園」は、明治の文豪徳富蘆花が、
うに計画され、東に逗子海岸と葉山マリーナ、
名著「不如帰」を執筆したゆかりの地である。
西に逗子マリーナ、江ノ島、富士山を臨み、
封建的な家族制度に支配された明治期、海軍
南に大島を遠望するロケーションは格別であ
少尉川島武男と妻浪子の純愛を描いた蘆花の
代表作「不如帰」は蘆花公園に隣接した田越
川沿いの柳屋旅館で執筆された。
園内にある郷土資料館は、徳川宗家第1
6代
徳川家達の別荘として使われた由緒ある和風
の住宅。海に開けた開放感ある広縁からは、
逗子海岸や江の島、富士山を眺む絶好のロケ
ーションが楽しめる。館内は、徳富蘆花と兄
蘇峰を中心に、逗子ゆかりの文学作品、歴史
などの資料が多数展示されている。
披露山住宅地
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逗子マリーナ
逗子マリーナ
る。夏には、逗子、葉山、鎌倉、江ノ島の花
イドチャペルおよびマリン事業の展開を目的
火が連日のように楽しめ、住宅地の夏の風物
に施設全体を買収した。そして、シーサイド
詩になっている。しかし、この時は住民以外
チャペルの建設やプールのリニューアルなど
は住宅地内に入れないとのこと…。住宅地内
が行なわれ現在に至る。また、2
0
0
4年までは、
には、スーパーなどの店舗は一軒もない。公
2年に一度、松任谷由実さんがプールでライ
衆電話もバス停もない。日常生活は不便かも
ブを行っていたことでも知られている。
知れないが、それ以上に贅沢な環境が保障さ
れている。参考までに、ユーミンこと松任谷
由実さんや小田和正さん、反町隆&松島菜々
子さんなどもお住まいだとか…。
逗子マリーナ
食のまちづくり
今、横浜や湘南は「地サイダー」が大人の
テーブルドリンクとして人気を博しつつある。
横浜サイダー、湘南サイダー、そして逗子は
「桜葉ソーダ」である。温暖な逗子の丘陵地
海を愛する人たちを魅了し続けてきたナン
で手摘みされた「大島桜」の葉を国内産梅ワ
バーワンのシーサイドリゾート「逗子マリー
インにつけ込み、ほのかな桜葉の香り、上品
ナ」
。昭和4
6年、鎌倉霊園の造成残土で、小
な酸味、透き通ったピンク色の「逗子桜葉ワ
坪の岩礁を埋め立て、敷地約16ha(内水面
イン」をベースに製造したのが桜葉ソーダ。
を含む)に、分譲マンション9棟(1
2
6
6戸)
、
3
4
0!で一本2
0
0円。地元の酒屋などでの限定
マリーナやプール、レストランやボウリング
販売である。
場など、地中海リゾートをイメージした湘南
を代表するシーサードリゾートがつくられた。
パームツリーがふんだんに植えられ、その地
中海的雰囲気から1
9
9
0年前後のバブル期には、
トレンディードラマや映画、CM などの撮影
によく利用され、現在も湘南エリア有数のリ
ゾートとして高い人気を誇る。
2
0
0
1年、事業者である西洋環境開発の倒産
後、"リビエラファシリティーズが、シーサ
桜葉ソーダ
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まちづくり診断の旅
まちづくりの処方箋
逗子は、1
9
4
8年、横須賀市に強制合併されるも、横須賀市からの分離独立を住民投票で決め、1
9
5
0年逗子町に
なった歴史を持つ。また、池子米軍家族住宅問題では、何度もの選挙を通じて、地域の意思を示してきた。自主
自立を志向するまちである。
地方都市が観光やまちおこしに血眼になる中、逗子は、
「当面の利益」より「環境の質」を尊重したまちづく
りを市民が選択してきた。海や緑などの豊かな環境を大切にし、大きな道路や施設をつくらない身の丈にあった
ヒューマンスケールのまちづくりが、逗子の真骨頂だろう。そして、人を呼ぶまちづくりではなく、市民の暮ら
しを豊かにするまちづくりにウエイトを置いてきた。お洒落なカフェで談笑し、ごひいきなお店でランチを楽し
み、図書館では老若男女が本と向き合う光景が微笑ましい。こんな逗子スタイルが一層似合うまちになるために、
ささやかなまちづくりの提案を行いたい。
!提案1
景観や街並みに磨きをかけよう!
逗子の魅力の一つは、庭木や生垣が見事に融和した家並み
である。逗子の街なかを歩くと「逗子景観賞」と書かれたセ
ンスのよい小さなプレートを見かける。逗子まちづくり研究
会という市民団体が、1
9
9
2年から2
0
0
1年の1
0年で5
1件を顕彰
したものだ。しかし、JR と京急の二つの駅の周辺や商店街
の景観まちづくりはこれからである。美しく、そして賑わい
を演出するまちづくりを市民、商店街、市が一体となって進
めたらどうだろう。まちの中心にあっては、規制と誘導によ
まちづくりの顕彰プレート
る景観コントロールとともに、歩道、電線の地中化、広場、ポケットパーク、
サインなどの整備や街路樹等の緑の創出を、ユニバーサル・デザインの視点も
加えて行い、公共空間の質を高めることが期待される。
!提案2
ビジターセンターを設けよう
駅はまちの玄関口である。その駅に観光情報・まちなか情報を総合的に提供
するビジターセンターを設けたい。取材に訪れた暑い日に、逗子観光推進の会
の市民ボランティアが、昇り旗を建てて観光案内をしていたが、市民とビジタ
ーが多様に交流する場があってもよいと思う。また、市役所閉館時に行政サー
ビスを受ける窓口を併設すれば、さらに効率が良いと考える。
!提案3
観光案内の様子
自転車で楽しむまちづくり
逗子は、別荘地・保養地としてのまちの成りたちを引き継いでいるため、道路は総じて狭く、程良く曲がっ
ている。こうした逗子らしさを楽しむため、観光客が自転車でまち巡りを楽しむよう市役所に無料のレンタサ
イクルを用意したらどうだろう。逗子海岸、蘆花公園、小坪、大崎公園、披露山公園などのまち巡りはマイカ
ーかタクシーでないと出来ない。そこで、自転車でまちの良さを知ってもらってはどうだろう。少し坂道もあ
るが、市外から、逗子を訪れる観光客はきっと喜ぶに違いない。
逗子市では都市宣言をして「青い海と緑豊かな平和都市」をめざすべき都市像と定めている。志の高い市民自
治と風格ある環境が相まって、市民が楽しむ海の文化都市としてますます輝くことを切に希望したい。
(取材協力
逗子市、逗子市観光協会)
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