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ブラジルの食文化
石原
桂
て,シンプルな塩味の炭火焼きを食べながら歓談
新年もやっぱりバーベキュー・パーティー
するのは,理にかなったスタイルなのでしょう。
ブラジル人はパーティーやお祭りなど,大ぜ
ブラジルの概要
いでわいわい集まるのが大好き。新年はもちろ
ん,家族や親戚などの誕生日,父の日母の日,卒
大航海時代全盛期の 1500 年,ポルトガル人ペ
業祝いに壮行会など何かにつけてパーティーをし
ドロ・アルヴァレス・カブラルによって発見され
て,そこにはその友達が一緒に来てまた友達にな
たブラジルは,正式名称をブラジル連邦共和国と
り,そしてそのまた友達が友達を呼んで,堅苦し
いい,ポルトガルの植民地,1822 年の独立を経て,
い挨拶や形式は抜きにして,次々と炭火で肉を焼
1889 年に現在の連邦共和制になりました。
き,豪快に食べ,笑う…。このシュラスコ(バー
2
国土面積は南米最大の 851.2万 km(日本の約
ベキュー)がブラジルの食文化を顕著にあらわす
22.5 倍)で,人口約2億 600 万人,宗教は 73%
スタイルだと思います。
がカトリック,次にプロテスタントが 15.4% で
大部分をキリスト教で占めており,公用語は南米
8年前,ブラジルへ日本語教師として渡る前,
で唯一のポルトガル語使用国です。
私はまったくゼロだったポルトガル語を習うため
堅苦しい概要はこれくらいにして,さて,海外
に,当時日系ブラジル人がデカセギで多く住んで
いた群馬県大泉町にある教室へ通っていました。
におけるニッポンのイメージといえば,古くはサ
そこで誘われたフェスタ(パーティー)では,必
ムライ・フジヤマ・ゲイシャといったところです
ずといっていいほどこのように肉が焼かれ,誰が
が,逆に私たち日本人から見たブラジルのイメー
いつ何人来て帰ったのかわからないまま,にぎや
ジは,サッカー・サンバ・アマゾン・コーヒーな
かにいつの間にかポルトガル語を覚えていったも
どかと思います。今回は食文化からブラジルを見
のです。
ることで,いつもとは違ったブラジルを感じてい
ただければ幸いです。
ブラジルへ来てからも,友人宅へおじゃまする
と必ず庭やガレージにあるのは,作り付けのバー
ブラジル料理の必需品!フェイジョン
(インゲン豆の塩煮)(写真1)
ベキューコーナー。シュハスケイラと呼ばれるこ
のインテリアは,多民族国家ブラジルで暮らすう
えで欠かすことのできないツールです。なぜなら
和定食に味噌汁が欠かせないように,ブラジル
各国からの移民がそれぞれの食文化の垣根を越え
料理には,フェイジョンが必ずといっていいほど
ついてきます。フェイジョンとはインゲン豆のこ
いしはら かつら: 2008年渡伯 翻訳業 日本語教師
サンパウロで養鶏会社の輸出入に携わる。現在,水産加
工(すり身生産)を模索中。
食品と容器
とで,豆自体を指す言葉でもあり,塩煮された
調理済みの状態を言ったりもします。日本人に
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とっては
ッ フ ァ に 加 え, メ イ
一見あん
ンディッシュとして
こやお汁
肉類を焼いたものや
粉と間違
揚げ物が出されます。
う 外 見 で,
飲み物はオレンジは
そのつも
も ち ろ ん, パ イ ナ ッ
りで一口
プ ル や ス イ カ, イ チ
食 べ る と,
ゴ, マ ン ゴ ー, ア セ
写真 1 とある日替わり定食。白身魚のフ 一転してし
ライとフェイジョン(右)
,
ファロッファ(奥)
ロラなど多種類の果
で驚きます。残念ながら貧富の差がなかなか改善
されないブラジルでは,豆は国民全体の貴重なタ
スやコーラ,ブラジル 料水ガラナ・アンタルチカ
特産のガラナを使った は,最近日本でも売られて
ンパク源ともいえます。油で炒めたあとに炊かれ
炭酸飲料などが主で
物から選ぶ生ジュー
ょっぱいの
写真3
ブラジルの炭酸飲
います。
(写真3),食後には必ずエスプレッソコーヒーを
たインディカ米に,このフェイジョンをかけ,さ
らにブラジル・インディアンの主食とされてきた
飲み,口直しをします。街中のレストランでは,
キャッサバ(マンジョッカ芋)の粉の油炒め(フ
様々なメニューをブッフェ形式で量り売りする店
ァロッファ)をかけて食べます。調理の基本は塩
が増えましたが,昔ながらの日替わりメニューも
ですが,他にニンニク,玉ネギ,ベーコンを加え
あり,たいていのメインディッシュは次のように
たりと,各家庭やお店によって味つけが違い,ま
なっています。
ずはフェイジョンを食べてみて,そのレストラン
・月曜日:ヴィラード・ア・パウリスタ(豚ヒ
のシェフの腕前を見るひともいます。また地域ご
レ肉のソテーとバナナの揚げ物,カリッと素
とに,フェイジョンに使用されるインゲン豆の種
揚げした豚の脂身,ソーセージなどの盛り合
類が異なります。主にうずら豆が使われますが,
わせ)
例えばリオデジャネイロは黒インゲン,北東地方
・火曜日:ブラジル風ストロガノフ,ドブラジ
は緑インゲン,北のアマゾン地方は白インゲンを
ーニャ(牛のハチノスと白インゲン豆のトマ
使用することが多いようです。
ト煮込み)
・水曜日:フェイジョアーダ(黒インゲン豆と
一日の食事(写真2)
干し肉,豚耳とテールの燻製,ソーセージの
煮込み)
朝食には手のひらサイズのミニ・フランスパン
を半分に切ってバターを塗り,ハムとスライスチ
・木曜日:スパゲッティ,ラザニア,ニョッキ
ーズをはさんで食べるのが一般的です。さらに季
・金曜日:バカリャウ(鱈)などの魚料理
節の果物や搾
・土曜日:フェイジョアーダ(水曜日と同じ)
りたてのオレ
なお日曜日は,ご近所さんとサッカーリーグの
ンジジュース,
テレビ中継を観ながら,缶ビールやピンガ(さと
そして熱いカ
うきびの蒸留酒)を片手にバーベキューをしたり,
フェオレがお
パン屋さんなどの店先で焼かれている鶏の丸焼き
供です。
を買うことが多いです。
夕食は,昼食同様にフェイジョン,白米,ファ
昼食はサラ
ロッファ,そしてソーセージなど簡単な肉類をプ
ダと先述のフ 写真2 チーズ,ハム,トマトをはさ
んで焼いた「バウルー」。サンパウロ
ェ イ ジ ョ ン, の郊外 Bauru 出身の学生が作り出し
白米,ファロ た組み合わせなのだとか。
食品と容器
ラスします。金曜,土曜には,平日の食事を整え
てくれるお母さんの休息を兼ねて,デリバリーの
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ピザにする
こともあり
ます。
また食間
の お や つ
類も豊富で,
お菓子の多
くはポルト
ガ ル か ら そ 写真4 揚げパンにカスタードクリーム
をはさんだお菓子「ソーニョ」は,夢と
の ま ま 受 け いう意味の名で,なんともロマンチック。
継いだもので(写真4),コーヒー(南部ではマ
テ茶)のお供によく食べられています。最近日本
写真5
でも売られるようになった,もちもちした食感の
なっているのかもしれません。アメリカの有名コ
ポン・デ・ケージョ(チーズパン)などの惣菜系
ーヒーチェーン店やフライドチキン店が数年前に
おやつもあります。また一年の平均気温の高い地
一度撤退し,現在絶賛再チャレンジ中なのは,そ
域が多いブラジルでは,ソフトクリームやアイス
んな背景があるからでしょうか。
薪をくべた暖炉上に保温してあるブッフェコーナー
クリームがたいへん好まれています。世界的なハ
そんななかで,パン屋は各地区の中心に必ずと
ンバーガーのファストフード店がソフトクリーム
いっていいほどある,特別な存在です。教会と美
販売のみのスタンドを出したり,量り売りの専門
味しいパン屋があるところに,住人が集まってい
店など,日本ではあまり見られない形態で売られ
ると思えるくらいです。パン屋のほとんどがポル
ています。
トガルからの移民によって営まれています。真実
か嘘かわかりませんが,毎朝焼きたてのパンを,
飲食店のスタイル
朝食に間に合うよう早起きをして買いに行くのは,
先述のグラム売りアイスクリーム店など,日本
お父さんの役目だと聞いたことがあります。その
ではなかなかお目にかかれないスタイルもあるブ
くらいブラジル人にとってのパンは,各家庭の大
ラジルの外食産業ですが,大概の軽食店やレスト
切な食材なのでしょう。
ランのメニューは保守的であるように感じます。
移民が持ち込んだ食文化
次々と新しい提案や流行りがある日本の外食産業
に慣れた私たち日本人にとっては,少々物足りな
ブラジルはポルトガル人に発見されたのち,ヨ
いかもしれません。
ーロッパやアジアからの移民によって築かれた多
たいていはイートインができるパン屋(パダリ
民族国家です。そのため,各国からの郷土料理が
ア)
,ランショネッチと呼ばれる軽食店,ランチ
持ち込まれ,ブラジルの土地で採れる自然の幸と
をブッフェ形式でキロ売りするレストラン(写真
混ざり合って,ブラジル風にアレンジされた多国
5)
,そしてアラカルト料理を提供するレストラ
籍な食文化が特徴です。
ン,バーベキュー屋(シュラスカリア),ピザ屋,
私が本国と比べられるのは当然日本食ですが,
立ち飲み屋(ボテッコ,ブチキン,バール)が,
ブラジルの日本食文化はすでに日系3世,4世の
それぞれにどの店も同じような価格とメニューで
時代になっていますので,かなり独特の進化を遂
営業しています。季節ごとの限定メニューや創作
げていると感じます。ファストフードとして,気
料理,デザートのブームなどは,ほとんど見かけ
軽に歩きながらでも食べられるように工夫された
ません。海外からの出店が店舗拡大に苦労してい
Tempra(天婦羅)は,かき揚げを大きく丸く揚
るのは,ブラジル人の保守的な食文化が足かせに
げたもの。Temaqui(手巻き寿司)といえば専
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門店があり,サーモンの中落ちをマヨネーズで和
げ 餃 子 は, そ も
えたものを酢飯にはさみ海苔でくるんだもの,と
そもは中国人に
なっています。
よるものだった
そ う で す が, 沖
移民国から定着した主なブラジル料理は,次の
縄日系人が屋台
とおりです。
を出すようにな
・インディアン:キャッサバ芋が主食で,普段
でも揚げたり,茹でたり,粉にしてかけたり
り, い つ し か 日 写真7 天婦羅イチゴ寿司。
とよく食卓に登場します。
本食のひとつと
・ポルトガル:イワシの炭火焼き,タラの煮込み,
デザート感覚?
数えられるよう
に(写真8)。
タコのマリネなどの料理がブラジルでも定着
・中 国, 韓 国: 日
しています。
本に比べて移民
・イタリア:ピザは第2位の国民食かと思うく
らい,至る所にピザ屋さんがあります。また,
の歴史が浅いた
パスタ,サラミ,ハムの種類も豊富。
め,料理の作り手
がまだまだ1世
・ドイツ:じゃがいもと豚肉,ソーセージのグ
ということもあ
リルはブラジルでも欠かせません。
り,東洋人街では
・オランダ:チーズ,牛乳,ヨーグルトなど乳
本場の味が楽し
製品の充実ぶりはオランダ人のおかげ。
写真8 具だくさんな干し肉
のパステル
・フランス:豆の煮込み?(後述)
め ま す が, ブ ラ
・ロシア:火曜日の定食に決まって出されるの
ジル人にはまだあまり浸透していない様子で
す。
が,ストロガノフ。といってもブラジル風で,
だいぶクリーミーな味わい。
地域別食文化の特色(写真9)
・アラブ:キビ,エスフィーハなどアラブ料理
を出すファストフード店が,ブラジル全土に
最近日本でも知られるようになった,串刺し肉
展開されており,ブラジル人に馴染み深い食
の炭火焼きを各テーブルまでボーイさんが運んで
べ物です(写真6)。
くるシュラスカリアは,ブラジル料理の代表格
・日本:寿司(海苔巻き)
,天婦羅,焼きそば,
ですが,も
ラーメン(インスタント)がブラジル人にと
ともとはブ
っては日本食の代表格。ブッフェスタイルの
ラジルの南
レストランでは必ずといっていいほど,不思
部に多く住
議な海苔巻きと遭遇します。天婦羅海苔巻き,
むカウボー
イチゴとクリームチーズ巻き,バナナやマン
イが発明し
ゴー巻きなど奇想天外(写真7)。市場で屋台
た形式です。
を構えて売られるパステルと呼ばれる巨大揚
このように
全国各地に
移民した国
写真9
ブラジルの地域区分
民性と地理的条件が色濃く反映されている,地域
ごとの食文化を紹介します。
・北 部:アマゾンなどを含むこの地域は,イ
写真6
れる。
ンディアンの食文化が残っています。干しエ
ファストフード店で気軽にアラブ料理が食べら
食品と容器
ビとジャンブーというしびれ草を入れ,キャ
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ッサバ芋で
ミナスジェライスは山間の鉱物資源が豊かな
とろみをつ
地域で,鶏肉とオクラの煮込みや,かぼちゃ
け た「 タ カ
のスイーツ,チーズパン,コーヒーがすぐに
連想されます(写真 13)。
カ」という
・南 部: 広
スープがあ
り ま す( 写
真 10)。 ま
た唐辛子の
種類が豊富
大なパンパ
が広がる南
写真 10 ベレンの市場で売られて
いたタカカは,コンデンスミルクと
シナモン風味でした。
部 は, ヨ ー
ロッパから
に あ り, 瓶
の移民が大
詰めにして
多 数 を 占 め,
牧 畜 業 を 中 写真 13 ミナスジェライスのスイー
売られてい
ま す( 写 真
心として発
11)。
展したため,カウボーイ文化が定着しました。
・北 東部:バ
イーアなど
の海岸線で
ツは,かぼちゃ,いちじくなどカラフル。
そのため干し肉,燻製肉,ワインなどが有名
です。
写真 11 多彩な唐辛子の調味料
国民食「フェイジョアーダ」は南欧由来?
は魚介類をデンデ油(アブラヤシの油)とコ
(写真 14)
コナッツミルクで煮込んだ「ムケッカ」,また
「アカラジェ」という擦り潰した豆を練った生
ブラジルの国民食として一番に挙げられるのが
地を揚げ,エビなどをはさんだ食べ物があり
「フェイジョアーダ」。水曜と土曜の週2回も定食
ます。ペルナンブッコなどの乾燥した内陸部
屋で食べられるほど,みんな大好きです。豚の耳
ではフェイジョン豆や米,トウモロコシを料
や足,牛の尾,干し肉やチョリソーと黒インゲン
理に使うのが特徴です。台湾やタイではデザ
豆を塩煮込みしたこの食べ物,よくいわれる由来
ートの名称で「タピオカ」といいますが,同
として「アフリカからの奴隷が,農場の主人が食
じタピオカと呼ばれる食べ物があり,クレー
べない部位と家畜の餌だった黒インゲン豆を煮込
プ状に焼い
んで食べていたもので,この栄養満点のフェイジ
たキャッサ
ョアーダを食べて過酷な労働を乗り切った」とい
バ芋の生地
う郷愁漂うエピソードが大半でした。
に, 干 し エ
しかしこの
ビや干し肉
定説に疑問を
などの具を
投げかけたの
はさんで食
は,2001 年
べ ま す( 写
真 12)。
写真 12 タピオカは朝食,おやつに
もってこい。
の 新 聞「 オ・
エ ス タ ー ド・
・中西部:マットグロッソなどのサバンナ地域
デ・ サ ン パ ウ
では,川魚と広大な土地で放牧される牛肉が
ロ」の記事で
食されています。
し た。 こ の 記
・南 東部:リオデジャネイロとサンパウロは
写真 14 フェイジョアーダ一人前がこ
のボリューム。
事では,「そもそも数十人,数百人いた奴隷に行
ブラジル各地からの移住者が多いため,多国
き渡るだけの豚の耳や足を捻出するためには,い
籍多民族な食文化で様々な料理が楽しめます。
ったいどれだけ主人は豚を潰して食べなければな
食品と容器
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らなかったのか」と言及し,南欧起源を提起した
タラ料理を食べます。塩抜きをしっかりして,じ
のです。ルイス・ダ・カマラ・カスクードの「ブ
ゃがいもなどの野菜と煮込み,コーヴェ・トロン
ラジル食文化の歴史」(1967) という書では,フ
シュードという葉で蒸すのが一般的です(写真
15)。また子どもたちにとっては,チョコレート
ランス料理のカスレやスペイン,ポルトガルのコ
ジードなど,本来捨てるような部位と豆を煮込ん
でできた卵の形のイースターエッグをもらうこと
も楽しみのひとつです(写真 16)。また6月は
だ料理がルーツだろうといっています。フランス
人やポルトガル人が口にしていた料理を,ブラジ
カトリックの聖人日が多い月で,地域の教会が6
ルにある食材で応用し,フェイジョアーダとなっ
月祭(フェスタ・ジュニーナ)をします。冬の寒
たのだろう,と新説を世に問いました。
い日に行われるこのお祭りでは,踊りや焚き火と
なにはともあれ,ブラジル人パワーの源,フェ
ともに,この時期収穫されるトウモロコシで作っ
イジョアーダ。週2回のサッカーの試合を見ても,
カーニバルで夜通しサンバを踊る姿を見ても,ど
たパモーニャ(写真 17),カンジッカというお
菓子とホットワインなどで盛り上がります。クリ
こからこのパワフルな躍動が来るのだろうと不思
スマスには骨つきの豚もも肉や七面鳥をじっくり
議でしたが,一度フェイジョアーダを食べてみれ
オーブンで焼いたものを食べる習慣があります。
ば思わず納得するはずです。こってり黒豆とたっ
そしてイタリアからの習慣で,パネトーネを贈り
ぷりの肉,山盛りのごはんに,青汁でもよく知ら
合うのも忘れてはなりません。
れるようになったケールの葉っぱ炒め,キャッサ
バ芋の粉,豚の脂身揚げ,そしてオレンジ。ブラ
ジルに8年住んでもこれらすべてを完食したこと
は,未だにありません。毎回あんがい美味しいな
ぁ,とつい食べすぎてしまい,日本人の弱い内臓
では消化しきれず,翌日まで胃がもたれるたびに,
ブラジル人の底力を実感するのです。
年間宗教行事の食文化
写真 16 チョコレート 写真 17 パモーニャは,トウ
の卵を割って何が出てく モロコシの粉と牛乳やココナッ
るか楽しみ。
ツミルクを練って,トウモロコ
シの皮で包んで茹でたお菓子。
日系人のブラジル食文化への貢献
ブラジル人の7割がカトリック教徒といわれ,
年間の祝日はカトリックに由来するものがほとん
ざっと今までご紹介してきた料理をふり返ると,
どです。といっても家族そろって食事を整えて盛
野菜が少ないことにお気づきいただけるかと思い
大に祝うのは,カーニバル,イースター,クリス
ます。いわゆるブラジル料理というものはないに
マスの3つのようです。その年のカトリック暦に
せよ,ヨーロッパ移民からの影響を受けて,ブ
もよりますが,たいてい2月か3月にカーニバル
ラジルの農業は穀物類の栽培が主だったのです。
があり,そこから4月のイースターまで肉類を食
べることは禁じ
られます。この
戒律から,カー
ニバルは肉類を
食べ,イースタ
ー 前 日 に は 魚,
写真 15 塩漬けタラの味がじゃが
いもにしみ込んでなんとも美味しい
「バカリョアーダ」。
食品と容器
とくに「バカリ
ョアーダ」と
写真 18
いう塩漬けの
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1960 年代の日系移民家族の葉野菜畑
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そんななか,およそ 100 年前に移民した日系は,
に混ざり合い,ブラジルならではのラテンパワー
最初コーヒー農園に従事した後,荒野を耕し独立
を形成しています。このラテンパワーの原動力は,
し,胡椒や葉野菜,じゃがいもやトマトなどヨー
形式にとらわれない,おおらかな国民性と食文化
ロッパ系移民が栽培していないものを次々と生産
の賜物でしょう。
し成功してきました。市場に行けば,大根,きゅ
日本でもブラジル料理を出すレストランや,気
うり,ブロッコリー,しめじ,韮,白菜,ごぼう
軽なスタイルのブラジルコーヒーとランチのカフ
やゴーヤまであり,品揃えは日本のスーパーに並
ェが増えました。ぜひ一度ブラジルパワーの源を
ぶ野菜とほぼ変わりません(写真 18)。
ご賞味ください。
最近ではようやくブラジル人の肥満による成人
思いつくままに…日本人にも入りやすい,肉だ
病が問題視されるようになり,野菜を多く摂るこ
けじゃない,おすすめブラジル料理店・リスト(関
とが健康によいと謳われるようになりました。テ
東のみですみません)
レビ番組では盛んに,ブッフェで野菜をお皿の2
・トゥッカーノ:渋谷や池袋にシュラスコ食べ
/ 3は摂るようにと,栄養学の先生が指導してい
放題の支店もありますが,おすすめはカウン
たり,各野菜のビタミンやミネラルの含有量を解
ター席だけの気軽に入れる秋葉原店。ヨドバ
説したりと,健康ブームの兆しが見られます。今
シカメラ1階にあり,分厚いステーキやブラ
日のブラジルで野菜を豊富な種類から選べるのは,
ジル地鶏のガレットがいただけます。
日系農家の功績によるものでしょう。現在日系農
・サッシ・ペレレ:言わずと知れた日本ボサノ
家の多くは,ブラジルにはなかった柿や桃,りん
バ界の重鎮小野リサさんのご実家。お父様は
ごや梨などの果物や花木を栽培し,ブラジルの食
サンパウロの東洋人街で日本歌謡喫茶をされ
文化や生活
ていた経緯があり,サンパウロ生まれのご子
様式に新し
女がされている四谷のお店では,料理も音楽
い風を送り
も本物。
・カフェ・ド・セントロ:日比谷帝国劇場地下
続けていま
2階の,ブラジルコーヒーの店。サンパウロ
す。
の老舗コーヒー店「カフェ・ド・セントロ」
また一部
の日系人の
と提携して,本場のコーヒー店を立ち上げま
間では,今
した。ブラジルコーヒーはもとより,本格的
後ブラジル
なブラジル風ランチブッフェ,夜はバールに
の食事は肉食だけではなく,魚介類をもっと多く
もなり,ブラジルのお酒とおつまみが充実し
食べられるような工夫をはじめています。寿司ブ
ています。
写真 19 雑魚を使ったすり身の試作
ームはけっこうなのですが,ブラジルの一般家庭
・カ フェ・ヴィヴモン・ディモンシュ:鎌倉
ではなかなか作れません。そこで雑魚を利用した
駅からほど近いおしゃれカフェですが,メニ
すり身を作り,それを揚げたり茹でたりして美味
ューにはブラジル料理が盛りだくさん。ブラ
しく食べられるよう加工する試みを,東京海洋大
ジルコーヒーと音楽に魅せられた店主が放つ,
学のご協力のもと,私も含めた日系人団体で開始
こだわりのブラジル文化に浸れます。
しました。今後ブラジルに新たな食文化を提案で
きるよう,邁進してまいります(写真 19)。
巻頭写真:サッカー・ワールドカップ中,仕事中にバー
ルのテレビで試合観戦する人たち
おわりに
参考文献:岸和田 仁(2003)「ブラジルの国民食フェ
イジョアーダのルーツ “ 論争 ”」
『ブラジル特報』
2003 年7月号
南米一の広い国土に多民族が暮らすブラジルの
多彩な食文化は,土着の文化と移民の文化が複雑
食品と容器
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