CFA 協会ブログ

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2013 年 1 月 3 日
No.112
米政府が「財政の崖」回避、投資市場は「配当の崖」回避
D.C. Dodges Fiscal Cliff; Investment Markets Dodge Dividend Cliff
ジム・アレン、CFA
2003 年の減税について何と言おうと、この減税が合併
そうとした場合、まず 35%の法人税が課税されて配当
買収(M&A)を正当化しにくくしました。1990 年代
金は 65 セントとなり、それに対してさらに 39.6%の個
に、企業が配当金支払いよりも、過剰な価格で不適切
人所得税が課税される結果として、株主にとって 5%
に実行された買収案件への「再投資」を優先したおか
の配当は実質 3.02%となっていました。
げで、何十億ドルもの損失を出した多くの投資家は、
なぜ政治家がそれに気付くのにそれほどの時間を要
したのか、おそらく不思議に思っていたことでしょう。
元日に合意された米国のいわゆる「財政の崖」回避で、
配当金とキャピタルゲイン(株式売却益)に対する税
率が、2003 年の減税実施前の水準に戻されることはな
くなりました。市場では、政治的ポピュリズムによっ
一方、キャピタルゲインに対する減税前の税率は 20%
で、株を売却または贈与する際にのみ、株価の上昇分
に対してのみ、株主にのみ課税されていました。例え
ば株主が 5%のキャピタルゲインを実現した場合、株
主に対する最終リターンは 4%となり、配当から得ら
れるリターンをほぼ三分の一も上回りました。
て同じ教訓を再び学ばされることがなくなり、投資家
2003 年の減税では、配当とキャピタルゲインともに税
はそろって一安心といったところでしょう。
率は 15%とされ、
「格差」が大幅に改善されました。
「大
火曜日夜の合意で、配当金とキャピタルゲインに対す
る税率は、
課税所得が年収 45 万ドル超の世帯に対し、
月曜日に 15%から 20%へ引き上げられることとなり、
所得がそれ以下の世帯に対する 33%の増税はなくな
りました。今や予見される将来に、何兆ドルにも膨れ
上がった負債がもたらすより大きな財政難を阻止す
る手立てはいっさい含まれていないこの法案におい
幅に改善」としたのは、配当金に対してはまず法人段
階で課税されていたからです。しかし、税率の差を取
り除いたため、株主に対するキャッシュリターンは両
者とも同等となりました。ここで問題なのは、個人や
企業が支払う税金の額ではなく、2003 年以前の課税方
針が企業の意思決定に、しばしば株主や従業員、広く
社会の不利益になる形で、影響を与えたことです。
て、これは一条の光と言えるでしょう。
典型例:ワールドコム
いずれにせよ我々は感謝すべきでしょう。さらに悪い
利己的な企業幹部にとって、税率の違いによって異な
状況にもなりえたのですから。2003 年の減税実施前は、 る結果は配当を避ける戦略の口実となりました。彼ら
配当に対する課税は、キャピタルゲインに対する課税
はよりよい戦略と主張し、共謀する役員会から簡単に
に比べてはるかに重かったのです。企業の利益に対し
承認をこぎつけて、M&A に「再投資」しました。そ
て課税され、さらに配当収入を得た個人にも課税され
のような戦略は実権を握っている自分たちが直接利
た上に、両者に最上位の限界税率が適用されていまし
益を得るので、簡単な決断だったのでしょう。
た。例えば、企業が税引き前利益 1 ドルを配当にまわ
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典型的な例がワールドコム(WorldCom)のバーニー・
国内大手銀行が不適切な助言を行った買収案件につ
エバーズ(Bernie Ebbers)最高経営責任者(CEO)で
いて、気の滅入るようなリストを作成しています。ほ
す。何十社もの企業幹部と同様、いくつかの理由から
ぼすべての案件において、約束された相乗効果や費用
企業買収へ投資することを選択しました。まず、合併
削減、株主価値の増加は長く忘れ去られており、直近
により現在のあるいは潜在的な競合者を排除するこ
でいつ最善の買収が実施されたのか、たどるのが難し
とができます。また、企業買収は、ヒットするかどう
いほどです。
かもわからない長期におよび骨の折れる商品開発な
どに比べると、はるかに早く利益と時価総額を増加さ
せることによって、自社の株価を即座に上昇させます。
特別配当:かつてのマイクロソフト、今のワシントン
ポスト
企業買収をすればするほど、アナリストにとって企業
2003 年の減税法案が施行されてすぐ、投資家は違いに
幹部が行った会計判断を追うことが複雑となります。
気付き始めました。マイクロソフト(Microsoft Corp.)
また企業の規模が大きくなるほど、利益と時価総額が
がその例で、過去 10 年間で積み上がった 640 億ドル
膨らんで会計報告は複雑になり、幹部らが受け取る報
という巨額のキャッシュを株主に還元する手段とし
酬も、もっぱら付与された自社株オプションから得ら
て、320 億ドルの特別配当と 300 億ドルの自社株買い
れる利益の形で、大きくなります。
戻し計画を決定し、話題となりました。他にも、アボ
2002 年以前、ワールドコムは「65 を下らない合併」
を実施したと、カート・アイケンワルド(Kurt
ット・ラボラトリーズ(Abbot Laboratories)、シティグ
ループ(Citigroup)、デュポン(DuPont)なども増配を
実施し、突如、再び魅力的な企業となりました。
Eichenwald)氏がニューヨークタイムズ紙(The New
York Times)に記載しています。2000 年初めには、後
当時こういった配当は、当該企業への再投資、グーグ
に市場の現実から断念しますが、1,200 億ドルでスプ
ル(Google)やフェイスブック(Facebook)といった
リント(Sprint Corp.)買収を企てていました。2002 年
新興企業への投資、不動産の購入、消費など投資家に
に破たんするまでの 10 年間で、エバーズ氏の現金報
さまざまな選択肢を与えました。こういった配当は企
酬と保有自社株は 1992 年当時の約 80 万ドルと 1 億
業内部者の利益ではなく、株主のニーズに基づいて決
4210 万ドル相当の 730 万株から、1999 年には約 850
定されました。
万ドルと 15 億ドル相当の 2,700 万株にまで急増してい
ました。
配当金に対する税率を 2003 年の減税実施前の水準に
戻すことが好ましいと論じていたワシントンポスト
企業買収策を採用したほとんどの企業は、ワールドコ
(Washington Post Co.)など何十もの企業は、最悪の事
ムと同じような不正によって崩壊には至らなかった
態を恐れて特別配当を宣言しました。しかし、市場は
一方、通信であれそれ以外の業界であれ、約束された
今回の財政の崖回避で難を逃れました。配当金に対す
結果を生み出す買収を行った企業はほとんどありま
る課税が 2003 年の減税実施前の水準に戻らなかった
せんでした。2000 年のアメリカンオンライン
だけでなく、税率もキャピタルゲインと同じ水準のま
(American Online Inc.)による不運な 1,820 億ドルの
まです。
タイムワーナー(Time Warner Inc.)買収は目立つ一例
にすぎません。バンクストックス・ドットコム
まだ見えぬ国債と QE 問題の解決
(Bankstocks.com)のトム・ブラウン氏は、過去 20 年
しかし、政治家にとってこれはまだ容易な部分です。
間にわたる、価格が過剰で、不当に実施され、一部の
国民の 98%の増税を制限することは、財政支出好きの
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政治家でも支持できることでしょう。しかし、残り 2%
の人たちに課そうとしている増税だけでは、この先予
想される財政赤字の半分もカバーできません。
国債や量的緩和以外の方法で歳出をすべて賄うとい
うこの真に深刻な問題を解決することが大きく立ち
はだかっています。こういった問題で合意の余地を見
いだすことで、政治家は真の勇気が試されます。さも
なければ、市場の熱気を一気に冷ますことになりかね
ません。
執筆者
ジム・アレン(Jim Allen)、CFA. CFA 協会の資本市
場グル―プにてポリシー担当の責. 任者を務める。資
本市場グループは、資本市場の立場、方針や基準の向
上改善を図っている。
(翻訳者:森長 美穂)
英文オリジナル記事はこちら:
http://blogs.cfainstitute.org/marketintegrity/2013/01
/03/d-c-dodges-fiscal-cliff-investment-markets-dod
ge-dividend-cliff/
注) 当記事は CFA 協会(CFA Institute)のブログ記事
を日本 CFA 協会が翻訳したものです。日本語版および
英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の
内容が優先します。
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