亜鉛とスズの相性 - 生命と微量元素

A10-一 亜鉛栄養治療 2巻 1号 2011
亜鉛 とスズの相性
日本微量元素学会理事・厚労省
(独 )労 働安全衛生総合研究所
私が亜鉛 と出合 つたのは,40年 以上 も前の ことにな ります
荒 り‖泰 昭
細胞表面 の相互作用や膜情報伝達系 の
解析 を糖蛋 白質や多糖類 な どの構造解析 を中心 に免疫生化学的に研究 してお りましたが ,ス ズ
(と
くに
有機 スズ)に よる免疫不全 ,胸 腺萎縮 の発見 に端 を発 して,胸 腺 リンパ球 の増殖抑制,各 種が ん細胞 に
対す る制がん作用 な どの発見の過程 で,細 胞増殖抑制作用 のメカニズム を研究 してお りました
.
当時,細 胞増殖機構 を最 も端的に解析す る手段 として リンパ球 の幼若化反応 (ト
ラ ンス フォー メー シ ョ
ン)を 利用 してお りま した.あ る時 ,微 量元素絡 みで胸腺 リ ンパ 球 の 浮遊液 に亜鉛 , カル シウム
ATPな どを加 えます と,細 胞 内へ のカルシウムの流入増大 と共 に,一 夜 に して リ ンパ球が活性化 し増
,
殖す ることを見 つ けま した。増殖抑制機構 の解析 とい う本命 の仕事 を優先 させたため,定 番 の活性化剤
を使 い, これ らの リンパ球 の増殖 因子 につい てはそれ以上深 く追求 しませんで したが, これが 20年 後
,
他 の増殖細胞 にお い て亜鉛がカルシウムチ ャ ンネルの調節 因子 で ある ことが 明 らかにな り, また最近で
はセカン ドメ ッセ ンジ ャー としての働 きが明 らかになるにつ れ, もっと欲深 い研究 をしておればと残念
な思 い をしたことを思 い 出 します。
その後 ,ス ズ
(と
くに有機 スズ)の 免疫系 ,脳 神経系 ,内 分泌系 へ の生理作用 を明 らかに してい く過
程 で,す べ てに亘 ってスズの作用点に亜鉛が呼応 してい ることが分か つて参 りました.逆 に言 えば,ス
ズは外来物 です ので,亜 鉛 の介在す る生体機能 のすべ てにスズが拮抗的 に絡んで い ることが分か って参
りました。
そ こで,ス ズの研究 と並行 して亜鉛の研究 を始め ました。す ると,亜 鉛欠乏 の症状 と有機 スズ暴露 の
す なわち,免 疫系 では T細 胞性免疫不全 ,胸 腺萎縮 ,Tリ
ンパ 球 の増殖抑制 と細胞死 など, また脳神経系では海馬亜鉛 の消失 と記憶学習障害 ,嗅 球へ のカルシ ウ
ムの過剰蓄積 と嗅覚障害 などが誘発 されます これはまさにアルツハ イマー病 の併発症状 です
症状が常 に一 致す ることが分か りま した
ちなみに,脳 の亜 鉛 は海馬 の CA3,CA4領 域 に局在す る苔状線維 (mOssy nber)の シナプス終末に
多 く含 まれ,カ ルシウムチ ャ ンネルの調節 因子 として代謝型 グル タミン酸受容体 ,NMDA受 容体 ,電
位依存性 カルシウムチ ャ ンネ ル には抑制的に働 き,ATP受 容体や nOn_NMDA受 容体 には活性 的 に働
きますが ,有 機 スズの暴露 によってこれ らの海馬亜鉛が消失 して しまい ます
す なわち,苔 状線維 の亜
鉛結合部位 (SH基 )に 結合 して いた亜鉛が有機スズ に置 き換 え られて しまい ます
となが ら記憶 学習障害 が誘発 されます
この時,当 然 の こ
.
また,内 分泌系 では,精 巣萎縮や ライデ イッヒ細胞の損傷脱落によるテス トス テ ロンの分泌低下が共
通 に誘発 され ます .精 細管が萎縮 し,精 子形成が阻害 され ます
さらに,最 近 の成人男性 の精子数が
20∼ 30年 前 と比 べ て激減 して い るようですが,こ れ も亜鉛が有機 スズ な どの環境 ホルモ ンによって置
換 され,亜 鉛欠乏状態あるい は作用点 での亜鉛機能阻害 を引 き起 こ しているためであろうと推察 され ま
す
.
さらに,有 機 スズによる海洋汚染 では,有 機 スズは最終的に食品中で最 も亜鉛 を多含す る海のカキに
集積 し,そ の結合部位 は SH基 を持 つた亜鉛結合部位 です
以上のよ うに,亜 鉛 とスズの作用点 は非常 に共通 してお り,ス ズは亜鉛 の作用す る機能 にどこまで も
絡んで参 ります。 この両者 の関係 は亜鉛 関与 の生 命科学や生体機能 を追求す る上で極 めて興味あ る関係
だ と思 い ます
.
ひと昔前 ,国 際会議 の特別講演 で何度 も同席 した放射医化学で高名な Cardarelliら が提唱 してお りま
All
〆
した「胸腺がスズの主な貯蔵庫であ り,ス ズは胸腺内で癌細胞に作用す る循環性のスズステロィ ドに作
り変えられ,亜 鉛 との相乗あるいは拮抗 のもとに発癌 に対す る生体防御 において重要な役割 を演 じてい
る」 とい う仮説 も,そ の後の再確認はされてお りませんが,彼 らも亜鉛 とスズの相性 を感 じ取 っていた
のか もしれません
.
この亜鉛 とスズ との相性 を老化 とい う観点から考えてみます と,亜 鉛欠乏あるいは有機スズ暴露 とい
う 2つ の異なる環境悪化に起因する病的老化の誘導プロセスで,入 回は違 ってもどこか共通の接点が存
在す るために共通の症状
(老 化現象
)が 引 き起 こされているのだと思われます。その 1つ が亜鉛結合部
位での亜鉛 とスズの置 き換わ り,あ るいは作用点での亜鉛機能阻害による「組織的な亜鉛欠乏状態」な
る現象 の誘発であろうと思われ ます
そ して,両 者において誘発 される現象
.
同 じ現象
(病 的老化)は ,そ れぞれの機能や形態における生理的老化 と
(生 理的老化 の修飾)で あ り,こ
の現象を発現す る要因こそが老化 プロセスとの接点であると
思われます。そ して,両 者 において共通 に見 られる要因の中で,生 体 に不利益な反応または物質の蓄積
不利効
例え│ゴ 「カルシウム,銅 ,鉄 など金属の過剰蓄積」
,「 情報伝達の誤 り」な ども老化 を誘発する “
,
果の蓄積"の 1つ と見なす ことが出来るのではないで しようか。