学校法人 藤学園 藤幼稚園 第 15 号 号 平成 24 年 12 月3日 日 ◇ 師走そして 冬休み ◇ 淡い日差しを受けて庭の片隅でひっそりと咲いているサ ザンカ‥‥。初冬を思わせる風情が漂っています。もうす でに師走、幼稚園内外での行事が多かった二学期も、あと 3週間ほどとなりました。今、子ども達は、二学期のまと めに向かって頑張っています。 さて、秋の運動会以降の主な活動を振り返ってみますと、遠足、交通安全教 室、芋ほり、焼き芋パーティーなど、多彩な活動が行われてきました。 幼稚園や学校は、遊びや活動、生活の時間をほとんど、同年代の子ども達が 一緒になって過ごしていますが、様々な年齢の人達で構成されている一般社会 の組織から見ると、幼稚園や学校というところはある面で特殊な世界でもあり ます。 そのため、幼稚園においても、異年齢の子ども達が一緒に活動する上述のよ うな活動は、子ども達が今後社会で生きていく上での基礎を身に付けていく上 で、とても大切な活動になると考えています。 教育雑感 シリーズ 15 ~責任をとる~ 9 私が小学校に勤めていた頃のことです。放課後、運動場の片隅で5年生と6 3 年生が、取っ組み合いの大喧嘩をしました。当時、6年生を担任していた私は、 連絡を受けるとすぐに現場に駆けつけました。体格の良い6年生に眼の辺りを 殴られた5年生は、大けがにはいたりませんでしたが、それでも顔面がはれ上 がり、あざができていました。 早速、私は5年生の担任に連絡を取り、管理職に報告すると同時に、けがを した子どもを病院へ連れて行く手配をしました。その後、双方の親に連絡を取 り、その日の夜、親子で学校に出向いてもらうことにしました。 私は、けがをした5年生の親が、話し合いの場でどんな出方をするか気にな 1 っていました。場合によっては、話がこじれて親同士の喧嘩にも発展しかねな いからです。 私は、今回の事件の経過説明を終えると、まず は親同士の話し合いを進めようとしました。する と、6年生の親が開口一番、けがをした5年生の 親に対して深々と頭を下げ、(理由はともあれ、 年上で体格の良い者が、年下の子にけがを負わせ たこと自体弁解のできるものではない)といった 主旨のことを述べ、我が子の非を詫びました。そ して、親として、我が子の躾や教育が十分でなか ったことを反省されました。そんな姿を目の当たりにして、けがを負った5年 生の親は、ただただ恐縮しているだけでした。 6年生の親の謝罪は見事でした。一方、その息子である6年生の子どもは、 「我 が子の過ちは、親の私の責任です」と頭を下げる親の姿を見て、どう感じたこ とでしょうか。おそらく、深く心に刻んだことがあるに違いありません。それ は、責任を取ることの重さです。6年生の親は、身を賭して我が子に責任の取 り方を伝授したのだと思います。子どもへの効き目は絶大なものがあります。 こうした教育の手法は、イソップの寓話の一つである「北風と太陽」にも共 通するように思います。北風の手法のように、犯した罪について何度叱ってみ ても、子どもが聞く耳を持たなければ教育効果は期待できません。逆に、前述 の親の行為は、太陽の手法のようです。それは、親の真摯な姿を見せて子ども の心に響く教訓を与え、素直な気持ちへと変容させていると思うからです。 ~詩の紹介~ 日本には、四季折々の季節があり、季節ごとにその趣を異にしていますが、 それぞれの季節ならではの良さ、風情があります。 そんな日本の気候の春、夏、秋、冬の四季に例えて、人間の心にも四季があ ることで作られた詩「四季の心」があります。とても参考になると思いました ので、その詩を紹介してみます。 詩「四季の心」 人に接する時には 春のような温かい心で! 仕事に取り組む時には 物事を考える時には 己を責める時には 夏のような燃える心で! 秋のような澄んだ心で! 冬のような厳しい心で! 2
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