第3回 ポーターに学ぶ戦略思考 3.ポーターに学ぶ戦略思考の鍵は

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使える戦略思考−ダイナミックな競争優位創造のマーケティングエクステンション
第3回 ポーターに学ぶ戦略思考
3.ポーターに学ぶ戦略思考の鍵は
(1)戦略プランニング四つのステップ
ポーター理論をひとつの具体的な作業のステップとして考えていくと、まず、第1ステ
ップとして外部の業界構造分析(五つの力)と競争地位の分析があります。第2ステップ
として価値活動の分析を行います。そして第3ステップでは、市場や業界がこれからどう
なっていくかという意味での業界シナリオ分析、市場と競争の巾の検討、そして基本戦略
の選択をします。最後の第4ステップでは、業界変化への対応、市場と競争の選択、価値
活動の基本的な再構築の方向を考えます。
この四つのステップで検討することによって、プランニングに落とせる戦略ができます
(図表5)。これがコンサルティング業界の我々にとっても、実務的に戦略を考えていく人
にとっても、非常に構造的で、ステップ・バイ・ステップのひとつの戦略を計画に落とし
ていくための分析フレームワークの完成された体系として、ポーター理論はあるわけです。
したがってポーター理論は、現在でも有効なひとつの標準戦略となっている、ということ
になるわけです。
図表5.Porter ベースの構築構築ステップ
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(2)事業収益規定要因の分析
ここで一旦まとめをしてみます。自分の会社の戦略を考えることや戦略の目標というの
は収益性をどう上げていくか、というように考えていくことです。収益性向上をポーター
のフレームで考えていくと、まずひとつは業界の魅力度の問題だなということになります。
そのために、どこに問題があるのかについて五つの力で分析していきます。第二番目に業
界の魅力度の上で、その業界の中で自社がどんな競争地位を持っているのかを考えていき
ます。自分達がお客さまに対して競合他社よりもより安く物を提供しているのか、あるい
はより高い価値を提供しているのか、あるいは競争相手よりもより広い巾で商品サービス
を提供しているのか、より狭い巾で提供しているのかを考えていきます。その上でそれを
具体的に実践している活動は、どういう要素なのかというように考えていきます。
コピー機で考えていくと、リコーとかキヤノンのコピー機は、その保証も含めて非常に
品質の高い商品を生産しています。ですからものづくりというところに色々な活動が集中
している。もう一方で富士ゼロックスという会社がありますが、ゼロックスはものづくり
よりもむしろサービスに力を入れています。ですから、ゼロックスは故障したらすぐに来
てくれる、とかそういう付加価値のあるサービスを提供していました。コピー機で、リコ
ーとかキヤノンとかはなかなか同じようにできないということがあります。したがって、
ゼロックスが差別化戦略を採って競争優位を保っていました。それはサービスのところで
具体的な活動を行うということだったのですが、最近になってそれがもはや競争優位では
なくなってきています。なぜかというとコピー機が壊れないからです。品質を上げていく
ことによって競争優位であったサービスが、顧客にとって意味を持たない、ということに
なったわけです。
そういうふうに考えていくと、自社の収益性を向上していくために業界の魅力度をどう
やって上げたらいいのか、それから自分たちの競争地位をどう変えたらいいのか、それぞ
れの活動が違うだけではなく、活動の組合せが競争優位の原点だ、そんなふうに自社の収
益性を分析していくことができます。そこから出てきた問題に対して、ポーターのフレー
ムワークを活用して解決策を導き出していくことがひとつの標準的な競争戦略を考えてい
く上でのモデルになっていくというようにポーターの理論はできています。
(3)三つの基本戦略を正しく理解
英語ではジェネリック・ストラテジー(Generic Strategy)と表現されています。ジェ
ネリック・ストラテジーというのは三つあるいは四つあります。ふたつの次元で構成され
る戦略のパターン分け、競争の巾、相対的にはコンペティターとの競争の巾、それから差
別化優位かコスト優位か、そこで出てくる四つのセルをそれぞれ命名すると先ほど言った
ような形になって、下のふたつ、つまり狭いところについて集中、フォーカス・ストラテ
ジーという言い方をしています。それをジェネリック・ストラテジーと呼んでいます。ジ
ェネリックという言葉は非常に日本語になりにくいのですが、基本あるいは素うどんの
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「素」、つまり源泉みたいなものです。つまり素になるものは、ポーターは三つしかないと
言い切っています。企業が生き残る道は三つしかありません。その道というのは、競争相
手よりもコスト優位に立つか、競争相手よりもお客さまに対してより多くの価値を提供で
きるような戦略(差別化優位)をとるか、あるいは特定のお客さまに集中してやっていく
か、その三つしか産業の中では生き残ることができないのだということです。
これは非常に画期的な意味を持ちます。これに対してマーケティングの学者達はそんな
バカな・・・という意見が大変多かったわけですね。なぜ大変多かったかというと、実際
の企業というのは様々な形で生き残っているから、三つなんかじゃないと。もっと多様な
のではという批判がありました。しかし逆にいうと、そこにポーターの悪いところもいい
ところもあるのですが、三つしかない、と。これは実証的にかつ理論的に考えていっても
三つしかない、というふうに考えたところがポーターの面白いところで、それはどこから
出てきているかというと、産業組織論の実証分析の結果、あるいは産業組織論の独占、複
占、寡占、独占的競争という産業組織論の理論的成果、その帰結として三つしかないとい
う結論を出しているところがすごくもあり、問題とされてきたところでもあります。
(4)概念操作と帰納的分析
分析の第一のポイントは業界の魅力度をどう分析するか、つまり五つの構造、五つの力
をどう分析するかということです。ポーターは業界の魅力度は五つの力によって決定され
ると言っています。五つの力という非常に抽象的な言い方をしているわけで、その五つの
力によってどう決まってくるか、という言い方をしています。そこが分析のポイントで、
どんなふうに考えていくかというのは、自分で考えていかなければいけないというように
できているわけです。そしてその五つの力をさらに構成しているいくつかの要素がありま
す。それは業界によって違います。したがって、五つの構造をどんなふうに要素的に捉え
ていくかというのも大きなポイントです。
もうひとつは、競争地位の分析です。競争地位の分析というのは、九つの活動の個別分
析を通じてしかできませんし、結論が出せません。各活動の個別分析を通じて、それが結
果として競争上、差別化優位につながっているのか、コスト優位につながっているのか、
そして競争相手よりも競争の巾が狭いのか広いのか、というのは概念から決定されていく
わけではありません。むしろ実際にはそれぞれの企業が九つの活動においてどんなことを
やっているかという分析の結果として、帰納的に三つの戦略のうちどれを採っていること
になっているのかが決定されるというふうに理解するべきだと思います。またそういう作
業が要求されていると思います。
まとめると、分析技法のポイントは、ひとつは業界構造をどう分析するかということと、
それから競争地位をどう分析するかということをしっかりとした概念定義、ブレイクダウ
ンのうえで帰納的分析によって導き出すことだと思います。その上で現状の課題と戦略を
再理解するというのが、分析の基本的なポイントになるのではないかと思います。
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(5)他社とは異なること−活動の組合せ・相互依存関係
業界環境分析を行った後、どのように競争戦略を構築すればよいか。先ほど述べた通り、
業界構造分析を行って、業界の魅力度を分析することです。そのうえで競争地位の分析を
並行して行って、現状の戦略と課題というものを明らかにする。そして企業収益を最大化
するためには、業界に対してどういう対応をすればいいのか、どんなふうに競争相手との
競争の市場の巾とか競争優位を考えればいいのか、それを実現するためにはどんな個別の
活動を行い、その活動をどう組み合わせたらいいのか、を考えることが非常に重要になり
ます。先ほど述べたひとつの構築ステップとして考えていけばいいということです。
競争優位の源泉は、他社とは違うことをすることだとポーターは言っています。つまり
それは逆にいうと競争優位の源泉は真似のできないものとなります。真似のできないもの
は何かを考えていくと、ポーターのフレームワークでいうと九つの活動をそれぞれ比較す
ることになります。実は九つの活動を比較していくと、他社とあまり変わらないことがあ
ります。しかし、さらに分析していくと、個別活動の組み合わせが相互依存関係を持って
います。つまりひとりひとりの人間が競争優位の源泉だというように考えると、優秀な人
間を集めれば勝つに決まっています。ところがそうではなくて、優秀な人間でなくても、
チームワークが良ければ勝てます。チームワークは真似ができないのと同じことで、それ
ぞれの活動の相互依存関係が強く、それが顧客の価値とかコスト優位に結びついていける
ような活動になればいいということです。だからポーターはサウスウエスト航空の活動マ
ップというのをよく使っているわけですが、競争優位の本当に真似のできない源泉という
のは、活動間の組み合わせ、活動間の相互依存関係が競争優位の源泉です。
サッカーでいうと、チームワークです。いくらひとりひとりが優秀な人間を 11 人集めて
きても、それよりも力の弱い人間を集めてきてよりチームワークをスムーズにすれば勝て
ることもあります。力の強い人間を集めてきて、いくら弱いチームの真似しようとしても
チームワークだけは真似できません。ですから本当の強みというのはチームワークにある
のではないかという意味合いにおいて、活動マップを作ると説明がし易いのです。ただし
それは非常に経験的、あるいは主観的な意味でのモデルでしかない、ということに注意す
る必要があります。それは価値活動を分析するにあたり、補足的な競争優位の源泉を考え
ていく上で、個別活動の相互依存関係というのを配慮して分析していくべきだということ
を示唆しているわけで、実際に経験的にその企業の分析に合わせてやっていかないといけ
ないと思います。
(6)戦略の選択−トレードオフ関係の発見
ここで、ポーターは戦略意思決定についてどうしたらいいと提案しているか、について
説明します。ポーターは、戦略とは「他社とは違うことをすることである」と言っている
わけですが、ポーターの認識には顧客というもの、あるいは市場というものは必ずトレー
ドオフ関係があると考えています。例えば車だと品質と値段との関係、それから住宅だと
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広さと近さ、具体的には都心との近さとか便利さとか、立地と広さとの関係といったよう
に、あらゆる商品サービスには必ず重要なトレードオフ関係が存在するというように考え
ています。
それを縦軸に品質、横軸に価格ととれば、現在の生産能力でできる、いわばフロンティ
アという線が引けます。そのフロンティアの線の中でどこを選択するかということがポー
ターにとって非常に重要なことになります。今の技術的水準では、企業は両方を達成する
ことはできません。したがってどちらかを採るしかありません。品質か価格か、立地か広
さか、そのどちらしかしかない、あるいはどちらに重点を置くかというのを選択すること
が、戦略的に非常に重要な意思決定のポイントだと言っています。それを自分たちの経営
資源を睨みながら、どちらに重点を置くかというのがポーターの戦略的意思決定の要です。
それが選択できない企業が「戦略がない」と言われ、選択できる企業が「戦略がある」と
言われるというふうに考えてもいいと思います。
ポーターの戦略的意思決定というのは、他社には真似できないことをやるということ、
それはお客さまが望んでいるものは常にトレードオフ関係にあるという前提があるからで
す。そして、現実にはそのトレードオフ関係の中でどこかを選択しなければなりません。
中途半端なところは選択できない、という考え方があります。
(7)競争優位の源泉についての考え方
コア・コンピタンスを提
唱するゲイリー・ハメルに
図表6.ダイヤモンドモデル
ついて述べます。ハメルは
直接ポーターを批判してい
るわけではないのですが、
そのハメルに代表されるよ
うな理論に影響を受けた人
たちというのは、競争優位
の源泉は「内」にある、つ
まり競争優位の源泉は企業
内にある人・物・金である
と考えています。一方、ポ
ーターは活動にあると考え
ています。もっと言うと競
争優位の源泉は「外」にあ
ると言っています。つまり、
競争優位の源泉は、具体的
な工場の立地とか産業とか
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交通網の発達とか、これは「国の競争優位」の中で提唱しているダイヤモンドの四つの要
素、具体的には要素条件、需要条件、関連・支援業界、企業戦略や競合といった要素賦存
に関するものが背景にあるからであり、源泉は外にある、というのがポーターの考え方で
す(図表6)
。
それに対してハメルたちは、競争優位の源泉はコア・コンピタンス、内にあると考えて
います。ここがひとつの大きな論点で、戦略を考えていくうえでのひとつのポイントだと
思います。競争優位の源泉はどこにあるのかについて、最近の戦略論の考え方というのは、
競争優位の源泉は内にあるのではないかということがよく言われているわけです。実際、
例えばスローガンとしての
オンリーワン
があります。オンリーワンというのは、他社
にはない技術というような言われ方をします。ですからオンリーワン技術を目指そうとか、
オンリーワンになろうという企業が出てくる。
「液晶のシャープ」がその典型です。
ポーターはそこでどう考えるかというと、実はそのオンリーワンを作り出す技術は、そ
の企業が持っているというよりもむしろ日本という国の持っている産業集積とかお客さま
の厳しさとか、あるいは理科系技術者の高等教育がしっかりしているとか、そういうもの
が背景になって初めてオンリーワンの技術が生まれるのだと主張します。したがって、例
えば中国で、オンリーワンのシャープのような液晶技術が生まれるかというと、それは生
まれないだろうと考えます。したがってポーターは競争優位の源泉は外にあると主張しま
す。内にあるように見えるのですが、その起源を探っていくと、そこにはやはり日本とか
関西とか競争の厳しさとか教育とか人口とか、そういう要素的なところにあるのではない
かと主張しています。そこもひとつの大きな争点で、自社の本当の強みは何かということ
を考えていくと、内にあるというよりも立地している環境とか場所とか、そういうところ
に大きく関係しているのではないかと考えます。逆にいうと外の要素との組み合わせによ
って、お客さまも含めてですが、そのことによって競争優位の源泉はできてくる、そんな
ふうにポーターは考えているようです。
(8)ダイナミックな戦略をどう考えるか−ダイヤモンド分析
ポーター戦略論の限界として、これはミンツバーグが大変厳しい批判をしているわけで
すが、非常に静的なことが批判されています。つまりスタティック(static)だというこ
とです。戦争に例えるならば、自社も競争相手も陣形を決めて一切の変更なしにそのまま
戦いが進行して終わるというもので、そういう非常にスタティックな構造を考えているの
ではないかという批判です。戦略というのはもっと柔軟なものではないか、状況に合わせ
て刻々と変わっていくような、ダイナミックな要素に欠けているのではないかということ
です。
具体的にいうと、技術や市場がどんどん変わっていくと、その中で競争優位がどんどん
変わっていく、つまり企業のあるべき活動が変わっていく、ということを考えないといけ
ないのではないか、という批判です。その問題意識というのはポーター自身も持っており、
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それに対して考えている答えというのは、ひとつは市場あるいは技術・競争環境に合わせ
てダイナミックに競争優位を変えていくというものです。もうひとつは、競争優位が変化
していくということを根本的に考えていこうとした場合、四つのダイヤモンドに象徴され
る競争優位の源泉のさらに源泉をずっと辿っていくことになるというものです。つまり、
歴史的な観点が必要になってきます。
例えば、シリコンバレーがありますが、あのシリコンバレーという立地だからこそ、ヒ
ューレット・パッカード(以下、HP)とか様々なIT企業が生まれたわけです。なぜH
Pが生まれて、なぜ電卓からコンピュータまで生産し、今ではプリンタとか多様なものを
作っているわけですけど、市場や技術が劇的に変化し、そのベースになっていく基幹部品
も商品も変わっていっています。それを継続的に変更していくためには、やはりシリコン
バレーという立地の持っている、スタンフォードを中心とした学校、その周りに集まって
きている投資家、周辺の関連業界、そういうものを考えていかないといけないと言ってい
ます。HPだけでは動的に、ダイナミックに変わっていったということは説明できません。
なぜ、ダイナミックに変わったのかというと、地理的な背景、具体的な立地の問題とか、
そういう要素を考えていかないと説明できないのだということです。それは競争優位の源
泉は外にあるというポーターの認識と一致するわけですが、そんなふうに考えています。
例えば、半導体産業というのはシリコンバレーから出てきていますが、それが同じく研究
者として考えてみると日本では東北大学の貢献が大きかったのです。クリーンルームとか、
日本が半導体ナンバーワンのときに東北大学の学生や研究者が果たした役割というのは非
常に大きかったと思います。ところが今になってみると、東北大学の周辺には何の関連し
た産業も育っていません。ところが東北大学と同じで優秀な研究者のいたスタンフォード
の周辺にはHPはじめ、いろんな会社、ベンチャー企業を含めて育っています。この差は
何なのかというのを考えていったときに、それはその周辺の関連業界がどれだけ育ったか、
あるいはシリコンバレーという土地の持っている魅力度とか、そういうものが非常に関係
しているのではないか、というふうにポーターは考えています。
ですから、大きなダイナミックな長期の流れとしてどのようににして企業が生き残って
いけるのかというのは、ひとつはその会社が存立している立地とか、その国の要素賦存と
か、そういうものがまずベースにあって、ダイナミックに対応していっているかどうかで
決まります。そして短期的には競争条件・市場条件がチェンジしていく中で、それに合わ
せた競争優位を作っていくしかないというのがポーターの結論です。
(2004.11)
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