アメリカでの医療のかかり方

JOMF NEWS LETTER
No.252 (2015.1)
アメリカでの医療のかかり方
第 5 回 : 医療費
海外出産・育児コンサルタント
Care the World 代表
ノーラ・コーリ
【 医療費の幅 】
アメリカの医療費は値段があってないようなものです。というのもあまりにも幅
があるからです。
よくアメリカではお産にいくらくらいかかるのですか?と聞かれますが、
私はいつも「一概には言えません」としかお答えできないのです。それはまさしくピンか
らキリまであるからです。それではお産の費用を例にみてみましょう。
まずアメリカに住んでいて自費でお産に臨む人はわずかでしょう。低所得者層の
人たちで保険に入れない場合も国の保険で賄われるので、彼らはほぼ無料で出産します。
オバマケアのもと、今ではほとんどの国民が保険に入るように義務付けたので、それらの
保険には妊娠、出産がカバーされています。そのため、保険がカバーされなかった額では
なく、実際に請求された額をみてみましょう。
ある調査団体が民間医療保険を対象とする約 200 の病院を調査しました。その結
果、自然分娩で入院費を含み、$3,296~$37,227 という値段の幅がありました。一番安い
額と比べて一番高い額はなんと 10 倍近い差です。帝王切開にしても実に$8,312~$71,000
という幅が出ました。この差はまず病院がどのような地域にあるか、その病院が営利を目
的とした病院であるか、あるいは非営利の病院であるか、その地域の生活コスト、その病
院が重症患者を中心に受け入れる病院である
かどうかに関係がありました。さらに病院に
は料金表というものがあるものの、それは各
病院で設定されているもので、病院によって
は毎年、あるいは状況に応じてその都度、費
用を定めています。
Photo by Nora Kohri
お産の現場と言っても木調の家具に囲まれた家庭的な雰囲気
【 医療費の交渉 】
もうひとつアメリカらしいところは、医療費の自由価格設定です。自費で払わな
くてはならない場合、とても払えない額を請求されたら、医療機関に交渉を試みるとよい
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でしょう。
たいていの場合請求額の 30%が実際診察にかかった費用だといいます。残り 70%
はスタッフの給料や診療所の賃貸料などさまざまな経費や医者が訴えらえた時の保険など
に回ると言います。そのため、その 70%の部分の交渉となります。
たとえば救急車で 15 分たらずの距離で 20 万円近い請求額が来たとします。とて
も払えない額と判断したら、交渉です。まずここで病院の救急車が来たのか、消防署の救
急車が来たのか、民間の営利目的の救急車がまわされてきたのか、自治体運営のボランテ
ィアの救急車が来たのかによって交渉の仕方が変わります。そして、交渉するにもそれな
りのテクニックが必要です。単に電話だけではそう簡単には交渉は成立しません。該当す
る担当者に話し、詳細を求め、書状でなぜ納得しないのかあるいはとても全額払えないの
であれば、その理由を説明し、プロフェッショナルな手紙を送らなければなりません。場
合によっては数か月かかる交渉を覚悟しなくてはならないでしょう。英語が母語でなけれ
ば、電話などでは簡単に言いくるめられてしまいます。そうなるとほとんどの人は時間も
なく、その労力もたいへんなため、あきらめてしまいます。
さて、保険に入っている場合でも請求された額に納得がいかない場合は、保険会
社に上訴することができます。これを Request for appeal と言います。私は骨の密度を
調べる検査に行くようにかかりつけ医から指示されました。
これは前回も受けていたので、
定期健診のための検査(スクリーニング)だと信じ込んで受けたのです。しかし、後日 3
万円ほどの検査費用が請求されました。私はまず検査機関に連絡して、これは定期健診の
検査のため保険が 100%カバーするはずだと伝えました。しかし、検査機関ではかかりつけ
医からのリクエストはもうすでに疾患として経過観察の検査でスクリーニングではないと
頑として譲りません。そして、かかりつけ医にそれを確かめたところ、確かに病気の診断
が出ていました。しかし、私は疾患の経過検査となると自費が発生するとは知りませんで
した。とりあえず、保険会社には今までの検査機関やドクターとのやり取りを全部コピー
して、上訴のフォームに添えて送りました。上訴をして 3 か月後、保険会社からの返事が
きて、病気と診断された後に骨の密度を調べる検査は私のプランの場合、deductible が適
応され、deductible(免責額) の最高額の 25 万円までは自費払いだと伝えられました。
そして、保険会社側では検査機関の請求額に間違いはなかったと主張してきました。保険
会社も譲らず、私は毎月請求書が送られるたびに、そこに書かれた「期限までに払わなけ
ればそれなりの処置を取る」に脅迫
されていたので、もうあきらめまし
た。
さて、いったいどこでその
ような行き違いが生じたのか-ドク
ターが出す処方箋をそこまで詳しく
見ておかなくてはいけなかったのか、
見ても理解できることだったのかと
頭を巡らせました。しかし、診断が
Photo by Nora Kohri
サービスに応じてどれだけ保険がカバー
するのかが事細かに示されている
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出たら deductible が生じるなどとは知る余地もありませんでした。毎回検査を受けるた
びに検査機関に料金の確認をするのが患者側の責任ということなのでしょうか。このよう
に問題にぶつかって初めて学ぶことがあまりにも多いのです。まったく同じ検査をするの
に病気でないのと病気であるのとではなぜこれほどまでに患者への負担率が変わるのかも
納得がいきません。病気であればこその保険ではないのでしょうか。3 万円払って勉強さ
せていただいたと受け止めるかどうかは考え方次第ですが、素人には複雑すぎて理解でき
ない医療費の仕組みはアメリカ人のことばを借りるとフェアでないということでしょう。
結果、裕福な人たちは請求額に疑問を抱いても時間や労力のかかることを思えば交渉など
せず、請求されるままに支払うため、医療費はうなぎ上りでとどまるところがないのでし
ょう。
【 医療費の迷路 】
医療費はどのようにドクターや医療機関に支払われるのでしょう。診察や検査な
どの医療サービスを提供した後、彼らは保険会社へかかった費用を請求します。保険会社
はドクターを含む医療サービスを提供した機関(以下 医療機関)と契約を結んでいます
ので、そこで割引を求めます。つまり保険会社は医療機関と値段交渉をするのです。そし
て金額が決着したところで保険会社は医療機関に支払いをします。しかし、ここで保険会
社はすべて払うのでなく、患者のプランを見て、患者側の負担分を割り出し、その分は患
者に請求するように伝えます。そして保険会社は患者負担額を患者に書状で知らせ、これ
だけ医療機関から後日請求されますよと警告を出します。数週間後にその金額が医療機関
から請求書として届きます。請求書が届いたら、請求金額を小切手で送るなり、電話でク
レジットカードの番号を伝え、支払います。確かに請求書が後日送られてくるという仕組
みは受診した当日は支払いがないという利点がありますが、後日送られてくる請求額がい
くらになるのかわからないという不安は拭い去れません。
【 支払い明細書の理解 】
保険会社から送られてくる明細書(Explanation of benefits)をチェックする
のは患者の責任です。しかし、この明細書というのは名ばかりで、ちっとも明瞭でないの
で理解するのは至難のわざです。
たとえばたったの 10 分の診察なのに何項目にも渡って請
求がされています。しかも、項目が physician, physician, X-ray, physician というよ
うに何に対してのサービスなのか見当がつきません。せいぜいわかるのは X-ray くらいで
しょう。そしてレントゲンなど撮った覚えがなければそれは要注意です。受けてもいない
サービスを請求された可能性があります。
内容を知りたいため保険会社に説明を求めても、
場合によってはドクターのオフィスに問い合わせるように言われたりもします。
予想していた以上の金額が請求される場合もあります。このような場合はまず保
険会社に問い合わせます。クリニックに問い合わせてもらちがあかないからです。それは
金額が大きい場合はたいてい deductible と言って、ある一定額までは自費で払い、それ
以降は保険会社で負担しますという取り決めをしているからです。ほかにも保険会社側で
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の間違いでネットワークのドクター(加入プランで受診可能な医師)でないと判断して割
増し診察料を請求してきたこともありました。
このように説明を求めたり、間違った請求を正そうとしたりすると、一つの問題
が解決するのに数か月かかることがありますので覚悟をする必要があるでしょう。
【 医療費が高いわけ 】
このように見てきますと、実際にドクターに医療サービスの費用が支払われるま
でには長い工程があり、実際に医療に携わっていないさまざまな人々の手を渡って処理さ
れます。つまり医療費の中にはこのような事務処理にかかる費用も含まれていて、その割
合はたいへん高いと言えます。ほかにも施設料、一定水準維持のためのコストも含まれて
います。さらにアメリカは起訴の社会ですので、医療提供者側は万が一患者から訴えられ
た場合を想定して保険に入っています。この保険料がたいへん高いため、彼らは患者に医
療費として負担させるのです。となりますと、高い医療費は単に医療提供者から受けた診
察代だけではないことがわかります。
そして、患者は高額な医療費で破産しないように自分を守るために、高額な保険
料を払います。保険会社は利益を出すために患者には予防に徹するようにはたらきかけ、
ドクターとは支払い額の交渉を重ねます。このようにアメリカでは膨らむ医療費でドクタ
ー、弁護士、保険会社が儲かる仕組みになっているのです。
【 オバマケアの誕生の由来 】
アメリカの医療費は年々増え続け、それに伴い保険料も上がりました。中には毎
月の保険料が給料の半分にも達する人もいました。そのため、保険には入らないという選
択を多くの人がしてきたのです。国民はますます「病気になり、重症になって初めて病院
に駆け込む」という事態が増えました。救急車の費用も払えないので、病院に向かう途中、
車の中で亡くなった人も出るほどでした。医療費で自己破産した人たちはメディケイド
(低
所得者用の公的医療保険)にどんどん移り、ますます国の経済情勢は悪化しました。それ
ではいけないと生まれたのがオバマケアです。
オバマケアは今まで保険に入りたくても入れなかったボーダーラインにいた国
民のほとんどの人を政府によって認められた民間の医療保険に加入するように義務付ける
政策でした。この制度では収入に応じて保険料を定め、必要に応じては補助金を出し、企
業にも協力を求め、最低限の医療サービスだけでも受けられるようにしました。そして加
入しないと罰金が科されることにもなりました。2014 年に施行されたばかりなので、まだ
結果は出ていませんが、少なくとも医療保険に入れなくて亡くなる人たちが少しでも減る
ことを祈ります。