ベトナムでの出産

JOMF NEWS LETTER
No.256 (2015.5)
ベトナムでの出産
第3回
:
出産、入院中、産後
海外出産・育児コンサルタント
Care the World 代表
ノーラ・コーリ
【 お産の流れ 】
お産が進むにつれどのような流れになるかは私立の病院と公立の病院では環境にかなり差
がありますので、心得ておいてください。まず私立病院では陣痛が始まると陣痛室に通されます。そ
こで助産師が内診をし、お産の進み具合をチェックします。他には血圧を測ったり、分娩監視装置
がつけられたり、点滴が開始されたりすることもあります。この間、プライバシーが保たれます。そし
ていざお産が近くなると分娩室へ移動します。私立病院では夫立会いはほぼ問題なく受け入れて
います。日本語のサービスがある場合、陣痛から産後まで通訳を頼むことができます。
公立病院の場合、陣痛室が満室の場合、仮陣痛室に通されることがあるかもしれません。仮
陣痛室もあふれている場合は廊下に並べられたベッドに横たわることもあるかもしれません。私が
訪問した現地の公立病院の陣痛室は誰でも自由に
入れ、セキュリティーは厳しくありませんでした。ただ
し、夫は入れないことが多く、ベトナム人は姉妹や母
親など女性の付添を求めます。妊婦は腰布を巻く習
慣があり、寒ければ上にカーディガンなどをはおって
いました。なお、分娩監視装置は備えられていました。
Photo by Nora Kohri
仮の陣痛室の様子
公立病院の分娩室の様子は分娩台が5台ほど設置されていて、特に仕切りやついたてはな
く、そこで妊婦がいっせいにお産に臨むといった感じでした。出産への立ち合いにおいて、ベトナム
では夫がお産の場に立ち会う習慣はなく、あっても妊婦の母親が立ち会うくらいです。病院側では
夫の妻への精神的な支えという理解がなく、夫立会いをあまり快く思っていません。しかし、日本人
の場合、外国人ということでことばの問題があったり、不安も現地の人と比べれば人一倍だろうとい
う配慮から夫立会いが許される病院もあります。その場合、ほかの妊婦さんもいる関係上、夫は生
まれる直前に分娩室に通され、ついたてが立てられ、ほかの妊婦さんが見えないように配慮をして
くれるそうです。それは決してその夫婦のプライバシーを確保するためではありません。ちなみに夫
が立ち会う場合は白衣を着るように伝えられます。
赤ちゃんが産まれるとすぐ油性ペンで赤ちゃんの足の裏に母親の名前を書きいれる病院も
あります。確かに間違いは防げるでしょうが、1か月ほど消えないようです。そして赤ちゃんは脚も
動かせないくらいにぐるぐる巻きにおくるみに巻かれます。また、病院によっては出産の状況を待合
室のモニターに表示しているところもありました。そこには産婦の名前と本籍、子どもの性別が表示
されていました。名前の行がどんどんと増えていくところを見ると、いかに出産ラッシュであるかがう
かがわれました。テクノロジーもこのような分野でベトナムでは活躍しています。
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【
No.256 (2015.5)
入院中の様子 】
< 病室の様子 >
私立の総合病院の場合はホテルのような快適さであったという利用者の声でした。ほとんど
の日本人は個室を利用していて、部屋にはエアコン、テレビ、冷蔵庫、トイレもついています。さらに
シャワーも温かいお湯がでます。
公立病院の裕福な層の人たちが利用する特別室は個室がほとんどです。トイレ、シャワー付
き、ベッドはダブルベッド、付添人用のベッドもあり、洋服タンス、エアコンの設備などもあり快適であ
ったと利用者は述べていました。清潔さの面でも申し分ないようです。ただし、それらのサービスを
期待するのにはシーツを替える人や掃除をする人にいくらかお金を包んだと言っていました。
公立病院の一般病室は4人部屋です。定員オーバーで運が悪いと、廊下での回復を余儀な
くされるかもしれません。部屋には運が良ければエアコンの設備、もしなければ扇風機が備えられ
ています。
これらの病院では消灯がないので、夜中でも病室は蛍光灯が煌々とついています。ちなみに
病室には個人用のライトはありません。病室の電
気が常についているのは赤ちゃんの様子を観察
するためのようです。さらに親戚、家族など多くの
人がしょっちゅう出たり入ったりするので、部屋の
電気は消せないのだと思いました。
いずれの病院にしろ、ベトナム人の夫は率
先して入院中の妻の世話、および赤ちゃんの世
話をしていました。
Photo by Nora Kohri
私立病院の個室
< 食事 >
私立の総合病院では食事がでます。ベトナム料理か西洋料理のチョイスがあるほどです。感
想を聞いたところ、なかなかおいしいとのことでした。それでもベトナムの習慣から外で買ってきたも
のをもってきて食べている人も大勢いました。日本人の場合も日本食レストランの出前を頼んでい
る人もいました。
公立の病院の場合、食事がでないのが一般的です。そのため、家族が家から弁当を作って
患者に持って来たり、外から買ってきたりします。さらに驚いたことは家族が病院の廊下で七輪を持
参して火を起こし、そこで自炊をしている光景でした。
< 母子同室 >
日本では新生児室を設け、赤ちゃんを隔離する傾向がまだありますが、ベトナムではむしろ
母子がいっしょにいるのは当たり前という考えです。そのため、公立病院でも私立病院でも基本は
母子同室です。新生児用の小さなベッドもありますが、病院によっては母親のベッドにいっしょに赤
ちゃんを寝かせるところもあります。このような病院ではあえて新生児室というところはありません。
< 母乳育児 >
国全体では母乳で育てることを奨励しています。そのため、病院では生まれてすぐ母乳を与
えることもできますし、粉ミルクを押し付けてくることもなく、問題なく母乳で育てられます。ただし、富
裕層の人たちの中には粉ミルクを与えて早く成長させた方がよいという考えの人もいます。ベトナム
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人女性は働き者なので、早く仕事に復帰する傾向が強いため、母乳を半年以上続ける人は少なく、
早いうちに粉ミルクに切り替えています。また母乳の出をよくするためにおかゆを勧めることがあり
ます。
< 指導 >
日本では沐浴指導や母乳指導などが入院中に行われますが、ベトナムの公立病院では期
待できないと思った方がよいでしょう。部屋には特に仕切りなどもなく、何もかもが丸見えなので、ベ
トナム人ママたちは同じ部屋の人たちがどのように母乳を与えるのかその様子を見て学んだり、周
りの人に聞いたり、付き添いの人に聞いたりして学んでいるようでした。またわからなかったら新生
児担当の看護師に尋ねることもできます。
< 面会者 >
ベトナムでは入院となると家族総出で患者の世話をしに病院にきます。病室の中に入れる付
添人は一人、その他の付添人は廊下や階段の踊り場、中庭やロビーにござを敷いて、夜は毛布を
かけてそこで寝泊まりします。病室には夜まで次々と親戚や友人が赤ちゃん誕生のお祝いにくるの
でにぎやかです。
一時滞在である駐在員の日本人の場合、訪問客が少ないことが多いので、現地の人が大勢
赤ちゃんを囲んでいる様子を脇目にさみしい思いをしたという方もいました。入院期間が短いことは
家に帰ってからたいへんではあるかもしれませんが、病院でさみしい思いを経験するよりはよいか
もしれません。
【 早い退院 】
日本と比べると入院期間は多少短いという印象を受けました。私立病院の場合、3~
4 日、公立病院は1~2日、帝王切開でも4~7 日でした。現地の人は自然分娩で早い人は
産んだ翌日に退院しています。その理由の多くは入院が長引くとそれだけ費用がかさむから
ということでした。私立病院ですと多少柔軟に対応してくれるので、入院を延長したかった
ら交渉してみてください。
【 出産費用 】
私立病院の場合、パッケージという支払いシステムがあります。たとえば普通分娩のパッケ
ージですと 7 回の妊婦検診、3 回の超音波検査、エイズや B 型肝炎を含む 6 項目の血液検査、出
産時必要な備品や薬代、1 日分の入院、産後の母親と子どもの検診、赤ちゃんのビタミン K 投与が
含まれます。帝王切開が予定されている場合は帝王切開分娩のパッケージというものもあります。
妊娠中はほかのクリニックにかかり、分娩と産後だけをその私立病院にかかる場合は、出産と入院
だけをパッケージにしたものもあるようです。
出産費用は、私立病院では日本で払う費用の半分だったという感想でした。公立病院ですと、
私立病院の 10 分の1ということでした。また、たいていどの病院でも前金が必要ですので、準備し
ておいてください。
【 出生届や各種の登録 】
海外では何が起こるかわかりません。クーデターや内乱が起きた場合、急きょ国外に
逃げる必要が出てくるかもしれません。そのため、赤ちゃんが産まれたらなるべく早くベト
ナムでの出生登録をし、日本へ出生届を出し、パスポートを作成することを勧めます。ベト
ナムに滞在するためのビザも必要です。なお、バンコクやシンガポールなどの近隣諸国へ出
かける可能性も高いのでマルチビザを取得することをお勧めします。
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【 産後の過ごし方 】
ベトナムの産後の過ごし方は中国の影響を多く受けていました。産後 1 か月間外に出
ることを禁じられていたり、ココナッツジュース、スターフルーツ、レモン、りんごなどの
からだを冷やすものは避けたり、からだを温めるフルーツを勧めます。からだを冷やさない
ため、産後 1 か月はシャワーも浴びません。そして毎朝七輪を焚いてそれを母親のベッドの
下に置きます。
【 赤ちゃんの誕生にまつわる習慣 】
ベトナムではまず生後 3 日ほどで女の子には耳にピアスをあける習慣があります。こ
れは病院に入院中に行われ、開けた穴はふさがらない様に透明な釣り糸のような紐が通され
ます。次に生後 1 か月たつと赤ちゃんの健やかな成長を祈ってたくさんの来訪者を招いて盛
大なパーティーが行われます。主役の赤ちゃんは食卓の真ん中に食事と共に置かれ、赤ちゃ
んの顔をみんなで眺めながら過ごします。日本のようにお宮参りもあります。ただし、ベト
ナム人は旧正月にお参りをし、宗教の違いにはあまりこだわらず、有名で大きく、人が一番
集まるお寺に出向きます。
他にも赤ちゃんにまつわる言い伝えとして、悪魔から赤ちゃんを守る習慣がいくつか
あります。たとえば赤ちゃんに対して「かわいい」「元気だ」「きれい」と言ったり、かわ
いいニックネームで呼んだりすると悪魔が連れ去るのでそのようなことは言わないようにと
言います。外出時には刃物を携帯して悪魔から守るほどです。回復を終えた後、妻の実家か
ら自宅に戻る際は悪魔に狙われないように赤ちゃんの額にすすを塗って厄除けをします。
最後に、ベトナムでは元気に育った子どもの古着を赤ちゃんに着せる習慣があります。
それは健康な子どもの古着を譲ってもらった赤ちゃんはそれを着て元気に育つという言い伝
えからです。そのため、古着をもらってもありがたく受け取るとよいでしょう。
次回はベトナムでの子育ての様子を医療面からお伝えします。