§1. ベクトル空間

§1. ベクトル空間
n 次列ベクトル u, v, . . . と a 2 R について,
(1) 和 u + v が定義された(成分毎の和),
(2) スカラー倍(実数倍)au が定義された(各成分を a 倍する).
そして次の (1)∼(8) が成り立つ.
(1)
(3)
(5)
(7)
u + v = v + u,
u + 0 = 0 + u = u,
(a + b)u = au + bu,
1u = u,
定義 1.1.
(2)
(4)
(6)
(8)
(u + v) + w = u + (v + w),
a(bu) = (ab)u,
a(u + v) = au + av ,
0u = 0.
集合 V がベクトル空間1であるとは,V に和とスカラー倍が定義され
て,上の (1)∼(8) がみたされる2ときをいう.ただし,(3) は零ベクトルと呼ばれ
る 0 が存在して (3) をみたす,と読む.
例 1.2.
もちろん,n 次列ベクトルの全体はベクトル空間をなす.このベクトル空
間を Rn で表す3.
R[x]n:実数係数の高々 n 次の多項式の全体.x は変数を表す(不定元とも
eeee
いう).すなわち,
f (x) = an xn + an 1 xn 1 + · · · + a1 x + a0
(a0 , a1 , . . . , an 2 R)
例 1.3.
と書ける多項式の全体.g(x) 2 R[x]n で,
g(x) = bn xn + bn 1 xn 1 + · · · + b1 x + b0
とするとき,
f (x) + g(x) := (an + bn )xn + (an
1
+ bn 1 )xn
1
(b0 , b1 , . . . , bn 2 R)
+ · · · + (a1 + b1 )x + (a0 + b0 ) 2 R[x]n
で R[x]n の 2 個の元の和を定義し,↵ 2 R のとき
↵f (x) := (↵an )xn + (↵an 1 )xn 1 + · · · + (↵a1 )x + (↵a0 ) 2 R[x]n
によって,R[x]n の元のスカラー倍を定義すれば,R[x]n はベクトル空間をなしてい
る.R[x]n での 0 とは,零多項式(すべての係数が 0 の多項式)のことである.
1抽象ベクトル空間ともいうが,この講義では教科書通り,
「抽象」という言葉を省いて(省くのが
普通)ベクトル空間という.このように,集合に何らかの数学的構造が導入されているとき(ここで
は,足し算とスカラー倍ができるという数学的構造をもった集合),その集合のことを空間と呼ぶこ
とが多い.
2和とスカラー倍の定義が自然なものであれば,(1)∼(8) は大抵の場合みたされる.
3教科書では Rn という記号が用いられているが,現在では Rn と書く方が標準である.教科書で
は,行ベクトルの全体を Rn と書いているが,その区別はあまり見ない.
1
注意 1.4.
2 個の多項式を加えることにより,最高次の係数が打ち消しあうことが
あるので,n 次の多項式の全体はベクトル空間にはならない.
例 1.5.
開区間 ( a, b ) で連続な関数の全体を C(a, b) で表す4.f , g 2 C(a, b) のとき,
(f + g)(x) := f (x) + g(x) で和 f + g を定義し5,↵ 2 R に対して,(↵f )(x) := ↵f (x)
でスカラー倍 ↵f を定義すれば,C(a, b) はベクトル空間になっている.C(a, b) での
0 とは,恒等的に 0 である関数のことである.
例 1.6.
M (m, n) で,m 行 n 列の行列の全体を表す.行列の和とスカラー倍で M (m, n)
はベクトル空間をなす.M (m, n) での 0 とは零行列のことである.
定義 1.7.
V :ベクトル空間,W ⇢ V :V の部分集合.
W が V の部分空間であるとは,V での和とスカラー倍によって W がベクトル
空間になるときをいう.
定理 1.8.
V :ベクトル空間,W ⇢ V :V の部分集合.このとき,
8
>
< (i) 0 2 W,
(ii) u, v 2 W =) u + v 2 W,
W が V の部分空間 ()
>
: (iii) u 2 W, c 2 R =) cu 2 W.
証明.
=) は明らか. (= を示そう.条件 (2) と (3) により,集合 W に和と積
を定義することができる.すなわち,W の元を V の元と見て和とスカラー倍をして
も,結果が W からはみ出ない6.(1) より,W は零ベクトルを含んでいる.前ページ
の (1)∼(8) は当然みたされているので,W は V での和とスカラー倍でベクトル空間
になっている.すなわち,W は V の部分空間である.
例題 1.1.
⇤
A 2 M (m, n) とする.W := {x 2 Rn ; Ax = 0} は Rn の部分空間.
解. (1) A0 = 0 ゆえ,0 2 W .
(2) x, y 2 W とする.このとき Ax = Ay = 0 ゆえ
A(x + y) = Ax + Ay = 0 + 0 = 0.
4記号の
C は continuous の c から来る.
5連続関数の和は連続であることを思い出そう.
6このことを,教科書のように,W
は V の和とスカラー倍に関して閉じている,という言い方を
する.
「はみ出る」というのはあまり上品な言葉ではないので.
2
よって x + y 2 W である.
(3) x 2 W ,c 2 R とする.このとき Ax = 0 ゆえ
A(cx) = c(Ax) = c0 = 0.
ゆえに cx 2 W である.
定義 1.9.
例題 1.1 の W のことを,同時形連立 1 次方程式 Ax = 0 の解空間と
呼ぶ(部分空間であるので,解集合ではなくて,解空間と呼ぶ).
注意 1.10.
同次形連立 1 次方程式の解空間については,線形写像のところで再び
出会うので,記憶にとどめておくこと.
例題 1.2.
(1) W :=
(2) W :=
⇢
⇢
次の W は R3 の部分空間であるかどうか調べよ7.
x 2 R3
x 2 R3
2x1 + 3x2
x3
x1 2x2 + 3x3
2x1 + 3x2
x3
x1 2x2 + 3x3
=0
.
=0
=1
.
=2
解. (1) 例題 1.1 の証明を繰り返せばよい(自習).
(2) 0 は明らかに W に属さないので,W は部分空間ではない.
例題 1.3.
次の W は R[x]3 の部分空間であるかどうか調べよ.
(1) W := {f (x) 2 R[x]3 | f (1) = f ( 1) = 0}.
(2) W := {f (x) 2 R[x]3 | f (1) = 1}.
(3) W := {f (x) 2 R[x]3 | xf 0 (x) = 2f (x)}.
解. R[x]3 での 0 とは,零多項式 f0 (x) のことであることを思い出そう.
(1) 部分空間である.実際,
(i) 明らかに f0 2 W .
(ii) f (x), g(x) 2 W のとき,f (1) = f ( 1) = 0,g(1) = g( 1) = 0 であるから,
f (±1) + g(±1) = 0 + 0 = 0 (複号同順).
ゆえに f (x) + g(x) 2 W である.
(iii) f (x) 2 W ,x 2 R のとき,f (±1) = 0 より cf (±1) = 0 であるから,cf (x) 2 W
である.
7このような問題では,そうであるときに証明,そうでないときには理由を問われている.結果だ
けを問われているのではないことに注意.
3
(2) この W は部分空間ではない.実際,f0 (x) 2
/ W である.
(3) 部分空間である.実際,
(i) f00 (x) も恒等的に 0 であるから,xf00 (x) = 2f0 (x).ゆえに f0 (x) 2 W である.
(ii) f (x), g(x) 2 W とすると,xf 0 (x) = 2f (x),xg 0 (x) = 2g(x) であるから,
x(f (x) + g(x))0 = xf 0 (x) + xg 0 (x) = 2f (x) + 2g(x) = 2(f (x) + g(x)).
ゆえに f (x) + g(x) 2 W である.
(iii) f (x) 2 W ,c 2 R とする.f 0 (x) = 2f (x) であるから,
x(cf (x))0 = cxf 0 (x) = c(2f (x)) = 2(cf (x)).
ゆえに cf (x) 2 W である.
【宿題 1】(10 月 2 日出題:10 月 9 日提出:名前と学生番号の記入を忘れないように)
[ 1 ] 次で定義される W は R3 の部分空間であるかどうか調べよ.
⇢
2x1 3x2 + x3 5 1
(1) W := x 2 R3
.
3x1 + x2 + 2x3 5 1
⇢
x21 + x22 2x23 = 0
(2) W := x 2 R3
.
x1 x2 = 0
[ 2 ] 次で定義される W は R[x]3 の部分空間であるかどうか調べよ.
(1) W := {f (x) 2 R[x]3 | f (1) 5 0, f (2) = 0}.
(2) W := {f (x) 2 R[x]3 | f 00 (x) = 2xf 0 (x)}.
4